外へ戻ると、何やら一族の占い師の女性が、妹達と話していた。
「あ、お兄様。」
公明に気付いた雲霄がこちらへ走ってきた。
「何だあの占い師は?」
「私達が外で待っていたら、『乳母になる]と言うのです。
でも知らない方だったのでどうしようかと・・・・」
「乳母か・・・・」
女性を眺める。あまり信頼のおけそうな感じはしなかったが、何より他の妹達がなついている。
今更他の女性を選ぶ事もない。
「いいだろう。ただ、あまり根っから信用するんじゃねえぞ。医者の二の舞だ。」
「どういう事ですか?」
「お前には後で話す。・・・・・あんた、名前は?」
女性に問うと、一瞬まるで突き刺さるような視線で公明を見た後、にっこり笑って言った。
「私は、一族の占い師、影嘉と申します。」
「瓊霄の乳母をやってくれんのはありがてえが、毒は飲ませるんじゃねえぞ。」
「お兄様!」
雲霄がとがめるが、公明はどうもうさん臭さを感じた。
―――都合が良すぎる。まるで、おふくろが死ぬのを待ってたみてえじゃねえか。
「かしこまりました。」
影嘉はうやうやしく公明に一礼した。
その夜、公明は数か月前と同じように再び雲霄を屋根に呼び出した。
「すまねえな・・・あの時は。」
「あの時?」
「碧霄に怒鳴っちまっただろう。あとで謝ろうと思ってたんだが・・・
随分きつく当たっちまった。」
申し訳なさそうにうつむく公明に、雲霄が笑いかける。
「大丈夫ですよ。碧霄も悪かったんですから。・・・それでお兄様、話とは?」
「昼言ってたことだ。医者の事なんだが・・・・」
公明は、一部始終を全て話した。
「あのお医者様が・・・・妖魔!?」
「ああ。そんなこともあるから、用心しとけってことだ。」
少し戸惑った後、雲霄が不安げな顔で言い出す。
「私も、なんだかわからないのです。あの人を信用していいのか・・・」
うつむいてため息をつく。
「何だか、悪い予感がするんです。本当に、これでよかったのでしょうか。」
「―――・・・・・」
こういう事を言われると、やはり血の繋がりを感じる。
未来を予知する力を持っていた、親父と。
「腐っても親子・・・・か。」
「はい?」
「いや、なんでもねえ。お前も、そう思うのか。」
「はい。正直、不安です。」
「そうか・・・・よし。こうしよう。俺とお前で、あの女の尻尾を掴んでやろうぜ!」
「尻尾を・・・掴む?」
「正体を暴くって事だ。そうすりゃ、確かめられるだろ?」
「なるほど、そうですね!」
雲霄の顔に明るさが戻る。やはり、妹達には常にこうであってほしい。
その夜は、しばらく兄妹二人の作戦会議となった。
翌日からは、二人で総力をあげての「捜索活動」となった。
他人への聞きこみは公明、影嘉の監視は雲霄、っと言った具合だ。
もちろん、末の妹達には秘密である。
だがしかし。
「何かあったか?雲霄。」
「だめです。何も無いです。お兄様は?」
「こっちもだ。誰に聞いても『影嘉は一族の占い師』だ。」
二人で肩を落とす。
「悩んでも始まらねえ。続けるぞ!」
「はい。お母様の二の舞だけは・・・・絶対に嫌です!!」
「ってりめえだ!!――だが、無理はするなよ。何かあったら、俺を呼べよ!」
「はい!」
二人の活動は続いた。
しかし何もわからないまま、一見平和な日々が過ぎて行く。
そしてついに瓊霄が5歳の誕生日を迎えた日・・・
「あれからもう5年か。さっぱりだな。」
「ええ。でもやっぱりまだ嫌な予感が・・・気が抜けません。」
「本当は白なんじゃねえかろも思えてくるぜ。こうも何もねえと。」
「でも素性がわからないというのも十分怪しいです。続けましょう!」
「そうだな。気をつけろよ。」
「万が一の時はお兄様とお母様、それとお父様に教わった技があります。」
「・・・・・心配無用、だな。」
互いに笑みを交わして、雲霄は兄を見送った。
家の中へ戻ると、それまで子供と遊んでいた影嘉が声をかけた。
「雲霄ちゃん、ちょっといらっしゃい。」
「はい。」
何か聞けるかもしれない。そう思った雲霄はあえて抵抗せず、声にしたがった。
わずかな動作も見逃さぬ様、なるべく近くに座る。
なるべく、気づかれない様に。
「瓊霄ちゃん・・・大きくなったわねぇ。」
「?・・・ええ。」
何を言い出すかと思えば、急にそんな事を言い出した。
想像していたものと違ったので、少々返答が遅れた。
「あれからもう、5年も経ったのね。・・・・あの頃は本当に、いろんな事があったね・・・」
ズキ・・・・ 雲霄の頭に母の最期が浮かんでくる。
力なく寝台に横たわっていた、母の姿が・・・
―――感情に流されてはいけない・・・!この女は、油断してはいけない!!
頭から母の像を消し去り、再び義母の顔を見る。
・・・・・あら?・・・・
母の像が、消えない。さっき頭から消し去ったはずなのに。
しかも今度は、現実にはっきりと見えるのだ。
「お母様・・・・?」
「雲霄・・・・」
母は笑顔で語りかける。あの頃のままの笑顔で・・・
疑うのも忘れ、雲霄は「その人」に向かって手を差し伸べながら近づいていく。
「おいでなさい・・・雲霄・・・・」
「お母様・・・・・」
母と雲霄が触れ合うその瞬間!
「やぁっ!」
少女の甲高い声が聞こえた。
・・・・・・聞き覚えのある声・・・・・
「誰ですか・・・・お母様・・・・」
母は答えない。いや、それどころでは無さそうだ。
「はっ 放せぇっ!!放せ!!」
「お姉様に何をするの!!お姉様を放して!!」
何かが、母にしがみついている様だった。
・・・私を助けようとしている・・・?
「えい!邪魔だ!!」
「お姉様!!目を覚まして!!この人はお母様なんかじゃない!!」
―――この人は・・・母では・・・
「これでも・・・くらえ!」
「きゃあっ!!」
「碧霄!!!」
妹の悲鳴にようやく雲霄は我に返った。
今まで母の像がいた場所には、何かを攻撃した影嘉がいた。
その先で横たわっているのは・・・・
「碧霄!!」
「う・・・・・・」
雲霄が駆け寄って抱き起こす。
相当な衝撃だったらしく、所々服が破けている。
「お・・・姉・・・様・・・無事・・・で・・・」
「ごめんなさい碧霄。私のせいで・・・」
再び碧霄を寝かせると、影嘉を睨みつけた。
「あなたの目的は・・・何ですか!?」
「目的?何のことだい。」
「とぼけても無駄です。私とお兄様は、5年前のあの日からあなたを怪しいと踏んでいたのです!
お母様が死ぬのを待っていたかのように、都合よく現れたあなたを!」
「そりゃあ厳しいねえ!!」
ドン! 雲霄を力任せに床へ押し倒すと、その首をギリギリと絞め始めた。
「がはっ・・ぁ・・・あぁっ!!」
「そうさ・・・あたしは、あんた達の一家を抹殺する為に、あんた達に近づいたのさ・・・」
「な・・・ぜ・・・・?」
「あんたの父親の邑は、この一族の宝物の数々を兵に貢いで、自分だけ助かったそうじゃねえかい!
そして。あいつの行為に手を貸したのは、あんた達なんだろ!!」
「ち・・・・が・・・・」
「あんたの兄貴が殺った医者の妖魔・・・あいつが全てを証明してくれたよ・・・」
違う・・・そう言おうとしたが、息ができない。
何せ、若干14歳の雲霄に、35歳の影嘉が全体重をかけて首をしめているのだ。
首はどんどん絞まっていく。
―――・・・・このままでは・・・死んでしまう・・・!
意識も朦朧としてくる中で、最後の力を振り絞り、碧霄に叫ぶ。
「へ・・・碧霄・・・!瓊霄・・・と・・・お兄様の・・・ところ・・・へ・・・!!」
「でも、お姉様をおいては・・・」
「早く!!」
「は、はいっ!!」
戸惑う瓊霄を連れ、回復した碧霄は走って家を出る。
・・・・お姉様が死んでしまう!!
兄に助けを求めようと、荒野を目指して走り続けた。
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