なぜか、追い出される様に家から出された。
おふくろの死に顔を、まともに見る時間さえなく。
母の命と引き換えに生まれた、三女と共に。
―――ちくしょう・・・俺は、どうすることもできなかった・・・
「・・・・・・様、お兄様!」
それまで泣いていた雲霄が、何かに怯える様に今出てきた家を指す。
「家のまわりを覆っている・・・あれはなんですか!?」
振り返れば、邪な気配が家中を覆っている。
―――さっき感じた、妖気と殺気だ!!
「俺は家ん中へ戻る!お前らはここで待ってろ!」
「雲霄も行きます!」
「お前は碧霄と瓊霄を頼む!!」
「お兄様!」
妹の返事を待たず、公明は家の中へと駆け込んで行った、
「・・・・・・何て妖気だ。妹達を連れてこなくて正解だな・・・」
家の中に立ち込めていた妖気は、その場に居るだけで侵されそうなぐらい強力なものだった。
―――妖気の一番強い所に、妖魔がいるはずだ――
父の教えを頼りに、妖気の毒気で侵されそうになるのを必死でこらえながら妖気をたどって行く。
辿り着いたのは・・・・・・今は亡骸となった母のいる部屋。
確かに、妖魔がいた。何か言っているようだった。
「げへへへへ・・・これで誰も入れまい。・・・この時を待ちわびたぞ蘭霄・・・」
―――何だ・・・あいつ・・・―――
「お前の魂は位が高い。その魂を食らえば、俺の力がどれだけ高まることやら・・・・」
自らのよだれが滴った手で、蘭霄の顔をなでまわす。
「このために、今までどれだけ努力を重ねたやら・・・げへへへへ。
数年前からこの一族に潜入し、日々荒野に出かけては毒草と言う毒草をかき集め、
人形を毒に染め、お前を毒殺の呪いにかけていた・・・」
―――なんだと?今、何て言いやがったあいつ・・・
「一度公明に見つかった時は肝を冷やしたが・・・何はともあれ、お前は死んでくれた・・・」
―――あの・・・野郎・・・!よくもおふくろを!!!
「その魂をよこせぇぇぇぇぇ!!!」
「くたばれ妖魔がぁ!!」
大声で叫び、わら人形を構える。
「あの医者、どうも怪しいとは踏んでいたが・・・正体はおふくろの魂を狙った妖魔かよ!!」
「お前は・・・趙公明か!」
「おふくろを殺しただけじゃ足らず・・・その魂まで食っちまおうってか!?」
激怒する公明を尻目に、ケタケタと不気味な笑いを浮かべる。
「ケケケケケ・・・・逆だ、小僧。こいつの魂を食らえば、あと100年はながらえる。力も増す。
その為には肉体に死んでもらう必要があるんでな。」
「てめぇ・・・・!!!」
怒る公明など相手にせず、妖魔はさらに母の顔や首筋をなでまわす。
「本当は、生まれた子供も欲しかったんだがなぁ・・・・」
「汚ねえ手でそれ以上おふくろに触るんじゃねえ!!!」
わら人形を構え、呪文を詠唱する。
公明のまわりに「気」で作られた6本の釘が浮かぶ。
「ハッハァ! お前ごときの釘頭呪なぞ、効くわけがない!お前の魂も食ってやる!!」
「五体を奪え・・・・・・釘頭呪!!」
「何っ!?」
一本目の釘がわら人形の右腕に刺さると、公明に伸びていた妖魔の右腕の色が変わり始める。
「そっ そんな!・・・腕が、腕が死んでいく・・・!?」
「それは俺自身の分だ。そしてこれが!」
ドスッ 今度は左腕に刺さった。同じく妖魔の左腕が変色する。
「あ・・・ああっ!?」
「これはてめえのせいで怯えている雲霄の分だ!」
次は右足。妖魔の足先から色が変わる。
「それはおふくろを殺されて悲しんでいる碧霄の分!」
「や・・・やめろ・・・」
続いて左足。妖魔は立てなくなり、地に落ちた。
「ぎゃああ!!」
「おふくろを奪われた親父の分!」
そして次は眉間から色が変わる。
「や・・・・・・やめてく・・・・れェェェっ!!」
「そいつはてめえに殺されかけた瓊霄の分だ!!それでこれが!!」
最後に、妖魔の胸にあたるところにわら人形に釘をさす。
「ぎゃああァァァァ・・・・」
「てめえに殺された・・・おふくろの分だ・・・」
断末魔の声を残して、妖魔は灰と化した。
――仇は取ったぜおふくろ。安心して眠ってくれ。
妹達は、俺が必ず守るから。
一筋の魂魄が、昇って行くのが見えた。
安心して、ゆっくりと昇って行った。
「お兄様・・・・・・」
自分の後ろに、雲霄が妹達連れてきていた。
ただ、振り返る気にはなれなかった。
「・・・・・いつからいたんだ・・・・?外で待ってろって言っただろうが・・・・」
「妖気が消えたので、急いで来てみたら、お兄様が妖魔を倒される所でした・・・・」
「そうか・・・・」
いつもの兄にしては、何だか勢いが無い。
「・・・・・泣いてらっしゃるのですか?」
「・・・・一人に・・・・させてくれねえか・・・」
「・・・・わかりました・・・・・」
瓊霄を抱えた碧霄を帰らせようとすると、碧霄が不思議そうに聞く。
「おにいさま、どうしてなにもいわないの?
おかあさまとおいしゃさまは、どこへいったの?」
「後で聞きましょうね。今はとりあえず外に・・・・」
「へきしょう、きになります。どうしてですか?」
「碧霄!」
「おにいさま!」
「消えろって言ってんのが聞こえねえか!!」
怒鳴られた碧霄はたまらず泣き出す。つられて抱えられていた瓊霄も泣き出す。
雲霄が何とか碧霄達を外へ連れ出すと、辺りが急に鎮まった。
物音一つせず、その空間にいたのは自分だけ。
沈黙が、続いた。
「ち・・・・くしょう・・・・ちくしょう・・・!」
あの妖魔を倒しても、失った日々は帰らない。
失った命は帰らない。もう二度と。
瓊霄はついに、実の母の顔を知らずに生きる。
その事が何とも哀れで。
哀れむと同時に自分の無力さが悔しくて・・・
―――俺がもっと早く気付いてりゃ、こんな事には・・・・
親父がいねえ今、俺がしっかりしなきゃなんねえのに・・・
「・・・・・・・・・・畜生ぉぉぉ!!!!!」
静かな室内に、泣き声が響き渡る。
この家に初めて響く、少年の鳴き声が。
―――自分が情けなくて、悔しくて。
泣いて、泣いて、泣いて・・・
時間だけが、ただ無情に過ぎて行った・・・・・
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