翌日から、次女の碧霄による拷問の日々が始まった。
「おにいさま!おとうさまは、まだ?」
今日だけでももう軽く10回は聞いてきた。
まだ幼い碧霄は、一度や二度言った程度ではわかってくれない。
「わかりなさい、碧霄。お父様は、しばらく帰って来れないのです。」
「いつ?いつかえってこられるの?」
「それは・・・・・・」
雲霄が答えに詰まると、公明がそれを補った。
「いつになるかはわからねえ。だが、待ってりゃいつか帰って来る。
そう思ってろ。」
「へきしょうはさびしいのです。へきしょうは、おとうさまにおあいしたいのです。」
「碧霄。」
床から母が呼びよせる。
碧霄を自分の側へ来させると、その頭をなでながら言った。
「心配せずとも、あの方は必ず帰ってこられますよ。
あれであの方は、結構お強いのですから。」
父がいなくなってから、それまで家庭内で父が担っていた分まで
母がこなす形になっている。
病体をおして妹をなだめている母の姿を見ると、胸が痛くなる。
――それもこれも、みんなあの親父のせいだ!ちくしょう!!
たまらなくなって家を飛び出す。
釘頭呪の練習をしようと、集落から少し離れた荒野へ出た。
いつもここで、父と文句を言い合いながら練習していたのだ。
いつもここにいた父は、今日からもういない。
――何考えてんだ。あんなやつ、いなくたって何でもねえぜ!
自分に言い聞かせて練習を始めようとすると、不意に物音がした。
音の方へ振り向くと、誰かが大木に向かって何かを構えている。
よく見ると、それはいつも母を看病している医者だった。
――何やってんだ?あいつ
腰に下げられた籠には、何種類もの猛毒の植物。
その手で構えられているのは、恐らくその植物で染めたのであろう
妙に赤いわら人形。
――・・・もしかして、あれって毒殺の釘頭呪じゃねえのか?
「おいっ 何やってんだあんた!」
「ひっ ひえっっ」
相当驚いたらしく、持っていたわら人形を取り落とす。
「あ、しっ 失礼致しました!!」
落としたわら人形を急いで拾うと、足早に逃げていってしまった。
「・・・・・・何だったんだ?あいつ。」
気にしても始まらない。気を取りなおして練習をはじめることにした。
公明達の集落。一匹の妖魔が一人の女と接触を持った。
「おい、そこの女!」
「妖魔が、この影嘉様に何の用だい?」
降り返ったのは割り増し綺麗な目鼻立ちの若い女性。
しかしその美しさにはどこか毒があった。
「お前、あの族長が憎いとは思わんか?」
「憎い?何だって憎む必要が?あのお方は、自らを犠牲にして――」
「それは、そう思わせるためのただの「演技」に過ぎない。」
「何だって?」
驚きを隠せず思わず聞き返す。
「あの族長が、この集落を出た後、どうなったか知ってるか?」
「さぁ・・・」
「あいつ、自分だけ解放されやがった。ある条件によってな!」
「・・・本当かい?証拠でもあるのかい。」
「ああ、あるとも。これだ!」
妖魔が投げたのは、一族の宝物の数々。
「まさか、これを・・・」
「ああ。我が身可愛さに、あんたらの一族の宝みんな捧げてったよ。
これは、俺がその後取り返してきてやったんだ!」
「嘘だろ・・・?あの族長が、邑様がこんなこと・・・」
「人なんてのはいつ変わるかわからんものだ。
もう1つ。族長以外はみんな連れて行かれた。自分だけ助かったんだ。
しかも、一族を都に売り飛ばした。」
「・・・・・・・許さない・・・・許さないぞあの族長!!」
女・・・影嘉の手は怒りに震えた。
今まで何でそんな族長を慕っていたんだ!!
「しかも族長にそれを渡したのは・・・あの家族の者共だ・・・」
「一家で揃いも揃って・・・やつらが族長でいる資格なんてない!!」
「殺っちまおうぜ・・・・一家全員よぉ・・・」
「あぁ当たり前だ!邑のいないあの一家なんざ、あたし一人で十分だ!!」
歩き出そうとする影嘉を妖魔が引き止める。
「まぁ待て。確かにあの家には邑はいない。だがまだ蘭霄と公明がいる。
蘭霄は病弱といえどもその実力はあなどれん。公明にも注意が必要だ。
そこで、お前に策をやろう。それはな・・・・」
数か月後、いよいよ母の産み月が来た。
しかし母の病状もいよいよ末期だった。
「蘭霄様、このままでは母子ともに倒れかねません!
お子様は、お諦めくださいませ!」
苦しみに顔を歪めながら、蘭霄が答える。
「私は・・・・この日をず・・・と・・・待っていたのです・・・
どうして・・・も、産みたいのです!お願い・・・しま・・・す・・・!」
陣痛と、病巣と。二つの苦しみが母を蝕みつづけている。
だが、どうすることもできなかった。こんなにも苦しんでいるのに。
「お母様!しっかり!」
「おかあさま!」
「・・・・・・・・おふくろ・・・・」
「大丈夫・・・・」
子供達を安心させようと、母がにっこりと微笑む。
「では、お子様方はそろそろ別室へ。」
二人の妹が中々母から離れようとしない。
「ほらお前ら、おふくろに迷惑だろうが。早く来い!」
別室へ移る時医者とすれ違ったが、
その時にわずかな殺気と妖気を感じた。
―――何だ?今の感覚は。まさかあいつが妖魔で、おふくろを殺すなんて事ぁ・・・
母がいる部屋の扉がしまる。
―――なんて事ぁ、ねえよな。
自分に言い聞かせ、その部屋で待機することにした。
気の遠くなるような時間が経った後、産声が聞こえた。
「うまれたよ!うまれたんだ!」
「ですね!行ってみましょう!!」
「へきしょうのいもうとかな!おとうとかな!」
「とりあえず行ってみようぜ!」
待っていましたとばかりに三人の子供達は駆け出して行った。
――――が、そこで彼らの見たものは。
「―――――――――――――おふくろ!!?」
「お母様!!しっかりしてください!お母様!!」
「おかあさま!めをあけて!!!」
元気よく泣く赤ん坊とは反対に、力なく横たわる母。
慌ててその手に触れてみたが・・・既に冷え始めていた。
「・・・・・て・・・」
その口がわずかに動いた。
「・・・・瓊霄・・・と・・・呼んであげ・・・て・・・・」
「しっかりしろ!おふくろ!!」
妹達が駆け寄る。
生まれてきたわが子の頬に触れながら、微笑む。
「私は・・・この子・・・が・・・大きくな・・・て・・・幸・・せに・・・なるところ・・・を・・・見ることはできない・・・けれど・・・
きっと明るくて、元気な・・・・みんなか・・・ら・・・好かれる子・・・に・・・・」
そこまで言った時、母の手は力なく落ちた。
そして、母は息を引き取った・・・・
「おかあさまぁーーー!!!」
碧霄が泣き叫ぶ。
いつもはまだ落ちついている雲霄が慌てて兄の顔を見る。
・・・今目の前で起こっていることを、信じたくないと言わんばかりに。
「お兄様!!お母様は・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
何も言えなかった。無論雲霄も目の前の出来事はわかっているはずだ。何が起こったか。
母がどうなってしまったか、わかっているはずだ。
わかっているけれど、それを言葉に出すことはできなかった。
・・・・・・自分自身も、まだ心のどこかで、現実を拒否している・・・
――――こんなこと、あるはずがねえ、こんなの、嘘に決まってる。
さっきまで、笑ってたじゃねえか。いつもみてえに、笑ってたじゃねえか、おふくろは。
・・・・死んだなんて・・・俺は認めねえ!!
「蘭霄様はたった今、お亡くなりになりました。」
公明達の気持ちを打ち破るかのように、医者の言葉が冷たく、鋭く響いた。
・・・・おふくろは・・・死んだ・・・・
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