| 初夏の風 〜風が吹く〜 |
風は吹く。今もなお。
そして太古の昔にも。
時代は変わりつづけても、
風が変わることはない―――
老子は寝てしまったきり、起きてくる気配がない。
「・・・・夢の中へ来いということか?全く・・・眠る事とて楽ではないのだぞ!」
この場合、眠ると言っても本当に眠るわけではない。レム睡眠なのだ。
肉体だけを寝かせ、意識を老子の夢の中へと潜入させる。
闇。上も下も、右も左もない、天と地の境もない、闇の空間。
ただ気泡が時々下から湧いてくるだけの、果てしない深淵。
老子の夢の世界だ。・・・・全てを超越した、『無』の世界・・・・
「来たね。伏羲・・・」
ザアァァァァァ・・・老子の言葉と同時に、闇が晴れる。しかしあくまで視覚の上での話なので、
実際に夢が覚めたわけではない。
ほどなくして先ほど自分達がいた桃源郷が映し出される。
「して?用件は何なのだ?」
「別に。用があって呼んだわけじゃないよ。」
「おぬし・・・それでは何の為に!」
伏羲が憤慨する。別に呼び出された自分も何か特別な用事があるわけでもないから、
呼び出されて困る事はない。
だが用もないのに呼ぶと言うことが理解不能だった。
「・・・・・・・・ただ・・・・・・・あなたを見ていると、考えさせられるんだよね。いろんなことを。」
「いろんな事?」
老子は小さく笑う。そして夢の世界の太陽を見ながら答える。
「特に・・・・・・『生命』ってコトについてね。」
「生命・・・?」
老子の考えている事はわからない。始祖である伏羲でさえ、その思考を読むことはできない。
・・・・・誰も気付くはずもないが、この老子こそ、『無』に超越することで「強制力」から脱した一人なのだ。
伏羲の問いに老子は遠い目で答える。夢の中に広がる桃源郷の、遥か彼方の地平線を見据えて。
「あなた達は始祖。そして、かつてこの星を操っていた女
もまた、始祖。
同じ始祖なのに、『生命』に対する考え方は全く違っていたね。
女
はこの星に来た時、この星の生命体のことなど、全く考えていなかった。
ただ『自分の星のコピーを作る。』、その目的だけに駆られて、
自分の行為によって幾千幾万の生命が滅びる事などどうでもよかったんじゃないのかな。
・・・・・・・星の生命が全て滅んじゃったら、その星自体が死んでしまう事ぐらい、わかるはずだけどね。」
「その通りだ。だからあの時わしも止めたよ。だが女
は聞かなかった・・・
『故郷のコピーを作ることのどこが悪いのじゃ!』としきりに叫んでおったが・・・
故郷のコピーを作れば、あの星の最期の悲劇が繰り返される事は目に見えておるのに・・・」
忘れかけていた過去がまた甦りつつある。
その進みすぎた文明故に自滅した故郷・・・
崩れてゆく・・・・・ 消えてゆく・・・・・・
このままではいけない・・・・・止めねば・・・・・
「・・・・しかし私はわからない。」
伏羲の回想を老子の声が打ち破った。
「私はまだあなたを完全に理解できない。あなたと女
は同じ『始祖』だけど、
女
の人物像は簡単に読むことができる。
しかしあなたはできない。あなたが何を考えているか、私にはわからない。
それがなぜかもわからない。」
「・・・・わしは謎だらけっちゅーわけかい・・・」
老子が、それまで地平線を眺めていた目をこちらへ向けた。
金の大きな瞳を真っ直ぐこちらに投げかけてくる。
「・・・・あなたは、何を考えているの?」