この命尽きるとも 〜破陣〜 |
「おーっす太公望!今帰ったぜ!」
「お疲れさま。。」
「なたちゃーん!おかえりなのだー!!!」
太公望が次の言葉を発する前にその体の横を雷震子がすりぬけて行った。
「うわっ!だからお前は来んなって!!」
「だって、なたちゃんがいないあいだ、らいちゃんひとりぼっちだったのだ。
さびしかったのだ!」
そういう雷震子は、がいない間ずっと太公望やその他の面々に迷惑をかけっぱなしだった。
雷震子に趙公明の様子を見るよう太公望が言ったのは、
さすがの太公望もいい加減相手に疲れてきたからだ。
「天祥とか嬋玉とか・・・お前の遊び相手は他にもいるだろーがよ ったく!」
「らいちゃんはなたちゃんがいーのだー♪」
しつこい雷震子に呆れながらもが太公望に報告する。
「それはそうと太公望、やつらの陣、かなりイラついてくるぜ。」
「イラつく?」
「奴ら自身は大して強くないんだけどよ、陣の中の地形・・・それがうっとうしいんだこれが!
実力のなさをその地形で十二分に補いやがる。」
「地形か・・・乾坤術で崩せないのかい?」
「壊せるもんならとっくに壊してらぁ!おかげでこっちは得意の玄武槍も出せやしねぇ!」
が憤慨して地団駄を踏む。
今まで、特に後半戦はその槍でほぼ一撃のもとに相手をなぎ倒してきたのだ。
それを地形に邪魔されたとあっては、のプライドというものがなくなる。
「・・・とすると・・・地形に関係無く攻撃できる人がいいのか・・・」
「はーい♪らいちゃんいっきまーす!」
傍で小さな羽をばたつかせながら、太公望の許可を待つのは雷震子。
確かに彼の「起風発雷」なら、地形にあまり関係無く遠くから攻撃できる。
「・・・じゃあ、次は頼んだよ。雷震子!」
「らいちゃん、がんばるのだ!なたちゃーん、いってくるねー♪」
「・・・『ちゃん』はやめろっつってんだろが!」
ぱたぱたと、雷震子の愛くるしいその行動は見ているものを和ませるが・・・
そこにいた者達は皆、陣の主の冥福を祈った。
*
手強かった十絶陣も、これまでいくつもの修羅場を潜り抜けてきた
西岐軍の精鋭の前では、ものの見事に崩れていった。
最後に残った金光陣に一同が踏みこんだ時、陣の奥から女性の声が響いてきた。
これまでに聞いた事の無い、威厳のある、堂々とした女性の声を。
「よくぞここまで来たな!崑崙の道士共。
ここまで生き残ってこれたその運の強さは、誉めてやる。
だが・・・・運だけでこの私に勝てると思うなよ!?」
声の主は一聖九君の長:金光聖母。
負けじと、太公望も返す。
「運なんかじゃない!僕達は、実力でここまでやって来たんだ!
僕達はこの戦いも勝つ!そして・・・お前も封神する!!」
「やれるものならやってみよ!!私は他の九君と同じと思ったら大間違いだぞ!」
金光聖母が戦闘態勢に入る。
「みんな、これまでの修行の成果を見せてやるんだ!左右と真ん中から攻めるんだ!」
太公望が他の戦闘員を激励する。今まで、ずっとこうやってきた。
自分一人なら負けていたかもしれない戦いも、皆がいたから、乗り越えられた。
これまでも、そしてこれからも!
――僕達は・・・負けない!!
「じゃあ、なたちゃんはらいちゃんとひだりからいこー!」
「あぁ!?何でオレが・・・」
「じゃあ、僕は父上と右側から・・・」
「わしから離れるなよ。天祥。」
「残りは真ん中ってコトで。」
憤慨するを尻目に、侵攻経路はかくして確定した。
「いくぞ!みんな!!符陣石に気をつけて!」
広い金光陣の中を、
左から雷震子・、右から天祥・飛虎、真ん中から太公望・天化・公明が
攻めていく事になった。
左側の戦線では少年達が派手に符陣石を破壊し、
右側の戦線では親子が互いに遠距離攻撃でじわじわと金光聖母に近づいていく。
これまでの符陣石より多少手間取ってはいたようだが、問題は無さそうだ。
一方、陣の中央を進んでいく太公望達は・・・
「ついにここまで来たんだ・・・・こんなところで、負ける訳にはいかない!」
目の前に突然烏鵜兵と符陣石が現れた。
視界の両側に高い石壁がそびえたっているため、行動はとりづらい。
打神鞭で攻撃するには遠いが、烏鵜兵の弓も符陣石の攻撃も届きそうな距離。
――まずい・・・!
「伏せてろ大将!!」
とっさに伏せた太公望の上を待ったのは、紅の炎をまとった朱雀。
朱雀の炎は、符陣石と烏鵜兵をまとめて包み込む。
これでやったかと思いきや・・・
「ちっ 肝心の符陣石を仕留めきれなかった!」
さらに、金光聖母もこちらの位置に気付いたらしく、
大将を討ち取る為に陣内の戦力を中央に集めてきた。
「私の所までたどり着いてみよ!崑崙の道士!!
・・・・できればの話だがな・・・『元神運行』!!」
「しまっ・・・」
時間と共に、徐々に体力を回復する気功術:元神運行。
こんなことをされては、せっかく与えたダメージが全て無駄になってしまう。
「ちっ 一筋縄じゃいかねぇってか・・・」
「こう言う時こそ、俺の出番だな。」
「公明殿?」
それまで、彼にしては珍しくあまり敵に攻撃する事もせず、
わりと静かに太公望達と同じ道を辿ってきていたが、
ここに来て初めて前に出た。
「天化、太公望。お前らはとにかく攻撃していけ。
―――今から取っておきを見せてやる。」
「・・・公明殿、何をなさる気ですか?」
「いいから見てろってんだ!」
精神を集中させる。ただでさえ気力を必要とする「蛟竜金鞭」を使う時の何倍も。
実の所、今から彼がしようとしている術は、実戦では初めて使うものだった。
―――空振りだけはしたくねえなあ・・・
懐から取り出したのは、藁人形。彼がいつも特技「釘頭呪」で使用するものだ。
さらに精神を集中させて気を練る。
この瞬間まで、彼は迷っていた。
金光聖母を敵に回す事を。彼女と戦わねばならないコトを。
なぜなら彼女は、妹達と聞仲の次に戦いたくない相手の一人であったからだ。
かけがえのない、もう一人の「師」とも呼べる存在・・・
――他人がとやかく言う資格などない!
自分が信じたものの為に命をかける覚悟で生きてみろ!!
今や彼の信念となっているこの言葉を言ったのは、まさに彼女だった。
今までこの言葉に、どれだけ助けられた事か。
(・・・・・自分が信じたもの・・・か。)
意識を現在の状況に戻す。そして向こうに見えるもう一人の「師」:金光聖母を見据える。
(俺は・・・自分の信じた道を生きる!!)
極限にまで高まった気を藁人形に込め、呪を放つ。
「ハァッ!!」
藁人形から放たれた「念」が飛散する。やがてそれは金光聖母以外の
符陣石を含めた敵全員に吸収された。
するとどうだ、みるみるうちに敵が弱っていく。
「公明殿、これは!?」
「密かに編み出してた釘頭呪の奥義だ。これなら金光聖母の「元神運行」も意味がなくなるだろ。」
「・・・ありがとうございます。」
「だが今ので気力使い切っちまった・・・少し引かせてもらうぜ。」
前線から公明が引く。
いくら敵が強いといえども、時間と共に弱りつづけているのであれば
長期戦には絶対に持ちこたえられない。
金光聖母も連続して元神運行をかけるわけにもいかず、
やがて陣内の敵は彼女一人となった。
「(・・・・フ・・・そういうところがやはりお前らしいな。趙公明・・・・)」
陣全体を見下ろせる高みから、金光聖母はその様を見下ろしていた。