この命尽きるとも 〜天絶陣の戦い〜 |
他の皆をなだめたり、兵士達に注意を促したりしているうちに
すっかり日が暮れてしまった。
「・・・日が沈むな・・・」
フッ 戦いの直前に夕陽を楽しむなんて、俺らしくもねえ。
そういや修行時代にもあったっけかな。こんな事。
聞仲と、二人で・・・
スゥ・・・しばし目を閉じ、過去の想い出に身を委ねる。
――あの時は二人で眺めてたのに、今は独りで見つめてる。
ほんのわずかな虚しさと共に・・・
同じ夕陽のはずなのに、全く変な話だぜ―――
「あ!公明殿!こんな所にいらっしゃいましたか!」
声の方向へ目を向けると太公望がこっちへ向かってくる。
「探しましたよ。もう行ってしまわれたかと思って。」
「何の用だ?」
「いえ。用ってほどのものでも無いんですけど・・・
―――本当によかったんですか?」
「何が?」
「一聖九君は貴方と同じ九竜派の仙人です。
なのに味方を殺すような役になってしまって・・・」
「黒幕が通天教主なんだろ?だとしたら他の九竜派のやつらは信用できねぇ。
多分みんな奴に騙されて、今頃はどのみち俺達の命を狙っているに決まってる。
余計な心配はいらねえって。
人の心配より、自分の心配をした方がいいぞ。」
「僕の、ですか?」
「・・・さっき見てた限りじゃ、この先大将が務まるかどうか微妙だぜ。
もっと仲間の意見をうまくまとめられるように努力しろ。」
「そっ それは・・・」
痛いところを突かれた。言われてみれば確かにそうだ。
過去にもそれができなくて何度頭を痛めたことか・・・
「じゃ 俺はそろそろ行くぜ。」
「気をつけて下さいね。」
「だから自分の心配しろって。」
最後にそう言い残し趙公明は関門の向こうへ消えた。
――全く・・・どこまでお人好しなんだか・・・――
ここは、十絶陣最初の陣:天絶陣の中
「・・・ちっぽけな陣だな。
おい!そこにいるんだろう!秦天君!!
貴様らの誘いにわざわざ乗ってやってんだ!さっさと出てきて勝負しろ!!」
ひと通り叫ぶと、空間の彼方から声が響いてくる。
「おやおや・・・誰かと思えば趙公明じゃないか。
通天教主様の直弟子ともあろう者が、
まさかその敵の手足になっていようとは・・・」
「だまれ!てめえらこそ、通天教主に騙されてるってのがわかんねえのかよ!」
「はて?何のことか?」
「俺達九竜派は道士・仙人を問わずみんな通天教主に・・・
妲己に操られてんだよ!
今までの戦いも、全部奴の思惑通りだったんだよ!!」
「わけのわからぬことを・・・
太公望とやらから妙な世迷い言を吹きこまれたのか?
まぁいい。いかに趙公明と言えども今は敵。
敵には死あるのみ!!
この秦天君の天絶陣の恐ろしさ、思い知るがいい!!」
陣内に置かれている四つの符陣石が一斉に光り出した。
「無駄だとわかっちゃいたがな・・・手加減無しで行くぜ!!
―――破っ!!!」
精神を統一すると気力を一気に溜めた。そして―――
「食らいやがれ!!蚊・竜・金・鞭!!!」
亡き親友・聞仲の形見の「蚊竜金鞭」を振り下ろすと
辺りの符陣石全てに少しずつひびが入った。
「ハハハッ 蚊竜金鞭の威力とはその程度のものですかな!!」
「せいぜい今のうちに笑っときな。
陣ってのは確かに符陣石が壊れねえ限りは無敵だ。
だがな・・・その本体はそんなに頑丈じゃねえんだよ・・・」
ピキキッ
符陣石のヒビがさらに入る。
「そして・・・陣の強さは符陣石の状態に比例するんだよな。」
バキッ 1番ヒビが入っていた符陣石がついに衝撃に耐え切れず
鈍い音を立てて壊れた。
「ばっ バカな!!」
「聞仲の蚊竜金鞭をなめてんじゃねえぞ・・・
次はてめえがこうなる番だ!!覚悟しやがれ!!」
趙公明の眼光に一瞬たじろいだ秦天君だったが、
すぐに立ち直るとまた笑った。
「こちらの天絶陣をなめてもらっても困りますな。
符陣石よ!回復せよ!そして侵入者を攻撃するのだ!!」
パアァァァァァ・・・
符陣石のヒビが治って行く。そして二つの符陣石から一斉に稲妻が放たれ、
趙公明を襲った。
「くっ・・・」
「そして!」
いつの間にか趙公明の斜め後ろの壁の上に移動していた秦天君が矢を放つ。
「くらえ!彗星!!」
ドカッ 光の矢は趙公明な左首筋をかすめていった。
「がはっ!!」
さすがの趙公明も立っていられず、左首筋を押さえながら倒れこむ。
「天絶陣のこの何とも特徴的な地の利!これぞこの陣の真の恐ろしさよ!!」
「くそ・・・」
目を上げると三つになった符陣石が次の「雷砲」をしようと待ち構えている。
「こんな所で・・・終われねえ・・・
こんな・・・所で・・・・」
体を動かそうとするが先ほどの「彗星」がよほど効いたのか、
痛みの方が勝ってしまい体が言う事を聞かない。
「来ないのならこちらから行きますぞ!!往生するがいい!!」
三つの符陣石の「雷砲」と秦天君の「彗星」が一斉に襲いかかった。
――終わるのか・・・終わっちまうのか俺は・・・
こんなところで、聞仲の仇も取れずに・・・
『お兄様・・・・・』
意識を失いかけた時、ふと瞼に雲霄の姿が浮かんだ。
雲霄が、碧霄が、瓊霄が、自分の死を知った時にどんな顔をするかを・・・
―――泣かせちゃいけねえ・・・あいつらに・・・
あんな顔をさせちゃいけねえ・・・っ!!
バッ 目を見開くと今まさに攻撃が当たろうとしている所だった。
「こんな所で・・・終われるかよお!!!」
左半身の痛みも忘れ、趙公明は素早くその場から離れると、
秦天君の真横に飛んだ。
ドドォン!!! 直後、それまで趙公明がいた場所には猛烈な煙が立ちこめた。
しかし、その行動があまりに速かった為、秦天君は趙公明を仕留めたと思いこんでいた。
「やったか!!!」
しかし、煙が晴れた後に趙公明の姿は無かった。
「何と!!骨も残さず消え去ってしもうたか!」
秦天君が油断したその時であった。
「勝手に殺されちゃあ困るぜ・・・」
「!!!!しまった!!!」
「てめえはすこし黙ってろ!縛竜索!!」
ガシッ 避ける間もなく秦天君は縛られた。
「派手に暴れさせてもらうぜ・・・
陣を作るのにはそれなりの労力を必要とするからな。
貴様が苦労して作り上げたこの天絶陣、
思いっきりぶっ壊してやるぜ!」
「ま・・・待て・・・」
すでに遅かった。蚊竜金鞭は飛ばすわ、
「白虎襲」はするわ、「無限倒落」はするわ・・・
とにかく派手にやりたい放題だった。
無残にも趙公明が復活して1分の後には
符陣石は全て粉砕され、秦天君にもとどめを残すのみとなった。
「言い残す事ぁないな!!」
「ぐ・・・」
「往生しやがれ!!!」
どかっ!! 蚊竜金鞭の一撃で、秦天君はあっけなくこの世を去った。
日がすっかり沈み,辺りが夜の闇に包まれ、
月が南東の空に浮かぶ頃、趙公明は関門に帰って来た。
左半身の激痛をかばいながらの、たどたどしい歩調で。
本陣へ帰る途中に遠くに人影を見つけた。
1つの人影が、こっちへ向かってくる。
よくよく見るとそれは雷震子だった。
「おいちゃん!おかえりなのだ!!!」
「雷震子・・・か。」
「公明殿!?どうなされたのです!!その傷!!」
「楊・・・か・・・気に・・・す・・・んな・・・この程度の傷・・・何でも・・・ね・・・」
急に目の前がぼやけたかと思うと、突如意識が切れた。
趙公明が倒れる。
「おいちゃん!!」
「・・・相当無理をされたのですね・・・」
三人が固まっている所へ、遅れて太公望がやってくる。
「どうしたんです?」
「おいちゃんが、ひどいけがしてるのだ!たいへんなのだ!!」
「趙公明殿!!!」
さすがの太公望も驚愕の色を隠せなかった。
あの趙公明殿が、どうしてこんな・・・
しばらく真剣な表情で様子を見ていた楊がふっといつもの笑顔に戻ると
太公望に言った。
「大丈夫です。ただ気を失っただけの様です。
でも、左首筋の怪我がひどいようです。早く手当てを施した方がいいでしょう。」
「わかりました。応急処置を施したあとで、僕が安命術をかけておきます。」
担架に趙公明を乗せると後は医療班に任せてその場は収まった。