この命尽きるとも
〜夕闇の灯火〜

「うーん・・・」

九曲黄河陣を破り、何とか趙公明殿達と和解できた僕らだったけど、
次には正体のわからない「十絶陣」というやっかいな陣が待ち構えていた。

「誰を出撃させようか・・・」

犠牲を最小限に抑える為にも、選択は慎重にしなければならない。

「お困りのようですね。太公望殿。」

「楊sen殿!」

部屋の入り口を見ると、楊sen殿がそこに立っていた。

sen殿は以前から作戦会議の時には必ず参加してくれていた。
常に冷静で、とても頼りになる。

「今回戦えるのは一人ですからね。戦闘中他の誰にも頼る事はできませんから、
慎重に選ばなければなりませんよ。」

「そうですね・・・僕もそう思うんですけど、一体誰を出したらいいか・・・
みんながんばっているし、その頑張りの結果の強さを発揮させてあげたい。」

「強いと言えば、趙公明殿の事なのですが。」

「趙公明殿か・・・」

趙公明・・・彼は僕達の敵だった聞仲の親友で、長い間僕達を聞仲の仇と信じこんで戦いを挑んできた。
でも少し前、聞仲を自殺に追いやったのも、全て妲己の謀略だったことをわかってくれて、
今では僕達の仲間になっている。『今まで迷惑をかけた分の埋め合わせ』の為に。

「あの場はああ言ったものの、恐らく今は相当複雑な心境でしょうね。
かつては仇と信じこんでいた人間の仲間に、自ら進んでなったのですから。」

「そうでしょうね・・・。実際はどうであれ、僕達は彼の親友に直接手を下した形になっていたんだし・・・
さっきの魔家四将の戦いでは、かなり奮戦してくれたけど。」

そう。本当に大活躍だったのだ。
自ら進んで敵の真ん中へ突っ込んで行って、みんなの士気を自然と高め、
さらに魔礼海、魔礼寿を倒したのは彼だ。

「実力は確かにある。それだけで考えるなら僕らの仲間にいてもなんの問題もない。
でも僕らは・・・」

「おにーちゃん、むずかしいことかんがえると、いけないのだ!」

「雷震子!!」

「おいちゃん、いいひとだよ。らいちゃん、わかるのだ。
いつでもぜったいにいもうとはまもってた。おいちゃんやさしいひとなのだ!」

『おいちゃん』とは雷震子が趙公明や黄飛虎など、特に年長の者を指して言う言葉だ。

雷震子のそのセリフに僕は思い当たるフシがあった。
そう。今まで幾度となく戦ってきたあの人は、いつも妹をかばって・・・

『いいから行け!!お前一人なら助かる!早く!!』

自分を犠牲にしてでも、守りたいものがある・・・
まさにあの人はそういう人じゃないかと思う。
きっと聞仲にもそうしたかったんだろう。
だからあんなにもムキになって僕達を・・・

ふと見ると、雷震子が僕の近くまで来て机の上の予定帳をまじまじと見ていた。

「あー!おにーちゃん、しゅつじんのじゅんびをしてるの!?
らいちゃん、じしんあるのだ!らいちゃん、いちばんのりでいきたいのだー!!」

「こら雷震子!!わがままを言ってはいけません!!」

1番手を主張する雷震子とそれをなだめる僕らとで、その後しばらく大将の部屋はさわがしくなった・・・

 

一方・・・

黄飛虎が特に何をするでもなく、ヒマを持て余していたとき・・・

「黄飛虎!いるか!?」

「趙公明か・・・」

自分の部屋であるにも関わらず、趙公明は許可も無く入ってきた。

「何の用だ。」

「・・・・聞仲からお前の事はよく聞いていた。『奴は頼れる男だ』と。
お前との事を話す時にはいつも楽しそうだった・・・」

「・・・ああ・・・お互いに徐々に狂い出してくる世界の中で、唯一心から信頼を置ける者同志だった。
朝歌を裏切ったことに対しては、奴にもすまない事をしたと思っている。」

「・・・お前達は・・・親友だったんだろう・・・・?」

ガシッ 趙公明が黄飛虎の方を思いきり掴んだ。

その声は震えていた。どうしようもできない怒りと、悲しみに。

「じゃあどうして助けてくれなかったんだ!!なぜ聞仲を助けてくれなかった!?
なぜ聞仲を自殺に追い込んだんだ!!!」

今更こんな事聞いたって無駄だってのはわかってる!
コイツをぶちのめしたって、聞仲が帰ってくるわけでもない、そんなことはわかってる!!
わかってるけど・・・・!!!

「答えろ・・・・黄飛虎!!!」

最後の声はうめき声に近かった。手を黄飛虎の肩にかけたまま顔をうつむけていく。
顔を見なくても伝わってくる、この怒りと悲しみ・・・・

「趙公明・・・」

彼は一瞬ためらったが、すぐに答えた。

「わしだって・・・わしだってやつとは戦いたくなかった!初めは説得も試みた!!
だが無駄だった・・・やつは、友の絆よりも殷を・・・紂王を選んだのだ!!
何を犠牲にしてでも、商を守ると・・・・・命を絶つその直前まで・・・」

その先は言いたくなかった。目の前で炎につつまれ、死んでいった親友の姿が浮かんできたからだ。
二度と思い出したくないあの光景が・・・

「・・・くそっ!」

バッ 趙公明は急に背を向け、部屋から出て行こうとした。
しかし出口の前で立ち止まり、

「・・・・やつは・・・最期まで商に縛り付けられていたんだな・・・
俺は仙界の身だってのに・・・」

「・・・やつはそれを苦としていなかった。むしろ誇りに思っていたよ。
『商は私が守る。この命果てようとも、太師たるこの聞仲がかならず守ってみせる。』と・・・」

「フ・・・自分を犠牲にしてでも、守りたいものがある・・・か・・・」

バサッ それだけ言うと趙公明は部屋を出ていった。

 

趙公明が自分の部屋に帰ろうとして大将の部屋の前を横切った時、
いやに中が賑やかだった。

「なにやってんだか・・・」

ちなみに中ではこんな事が。

「こらっ!みんなが希望したら決まらないじゃないか!」

「こんやはらいちゃんがいくのだー!らいちゃんじしんあるのだー!!」

「っるせーな!なに陣だか知らねぇが俺が行きゃあ一発でカタつけてやるぜ!
俺に行かせろ!!」

「楊sen様、たまには私もお役に立ちたいのです!どうか私を!」

「公主!雷震子!!!落ちついて!!!」

どうやら雷震子、、竜吉公主が今夜の出撃メンバーのトップを争っている様だ。

「(今夜の出撃・・・確か一聖九君の十絶陣だったか・・・)」

部屋の外から覗いていた趙公明はひと通り思考をめぐらせたあと、思い切って中に入った。

「おーっし決めた!んじゃてっとりばやく実力勝負と行こうぜ!!」

「こら!!!」

「らいちゃん、負けないのだ!」

「楊sen様の為にも、負けられませんわ!!」

盛り上がってるところで趙公明が割って入った

「その必要は無いぞ。太公望。」

「あ・・・・・・」

「趙公明殿・・・」

「お前らが今夜行くのは十絶陣だろ。あれは九竜派が最強と称する陣の集まりだ。
それを破るとなれば中身をあらかじめ知っている者が行く方がいい。」

趙公明の言葉に一瞬皆が唖然となった。
そしていち早く立ち直った楊senが聞いた。

「そ・・・それはもしかして・・・」

「ああ・・・太公望、今夜の最初の陣は俺が行かせてもらう。いいな!」

言葉を失っていた太公望はついその勢いに押されてしまった。

「え・・・ええ構いませんよ。」

「じゃあ決まりだな。」

「ちょーっと待ったぁ!!おい何考えてんだ太公望!!ありゃりっぱな抜け駆けだぞ!?」

「らいちゃんたちは、どうなっちゃうのだー!!」

「太公望様!!」

「うわあぁぁぁぁ・・・・」

そしてまた太公望を中心に抗議の乱闘が再開された。

その様をながめながら楊senは趙公明に語りかけた。ほんの少しだけ笑いながら。

「・・・打ち解けてくださって嬉しい限りです。」

「別に。ただヒマつぶしに陣破りでもしようと思っただけだ。」

そして二人はまだ責められている太公望を見た。

「あの人を・・・どう思いますか?」

「フッ・・・完璧にはほど遠いな。よくあんなので大将が務まるぜ。」

「私もそう思いますよ。でも、あの人には人を引きつける何かがあるんです。
力にならずにはいられない、何かが・・・」

「つまりは『頼りねぇ』ってことじゃないのか?」

「フフフ・・・そうかもしれませんね。
さて、そろそろ助太刀に入ってあげましょうか。」

senはまだまだケンカが続いている輪の中へ行き、けんかを止めに行った。

その後ろ姿を眺めつつ、趙公明はふと以前に雲霄に同じような事を言われたのを思い出した。

―――力にならずにはいられない・・・か。妹達は・・・雲霄はどうなんだろう・・・
俺に対して、同じ事を思っているのか・・・

フ・・・結局、俺もあいつも、似た者同士ってワケかよ。『頼りねぇ』・・・・ってか。

そう思いながら、ケンカの輪を眺め、不意にほほえましくなるのだった。

 

 

この数日後に、彼にとって最も悲痛な現実が待ちうけていようとは、

誰も想像がつかなかった・・・・。

 

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