| 第2話 光の御子 |
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辿り着いたその場所は ただ、ただ、碧かった ただ 無限の 「碧」だった 空と 海と その間
その他には――何も、無く・・・ |
第2話 光の御子
―また、碧い夢を見た。
辿り着いた場所には何も無かったが、そこは唯一の安息の場所だった。
ただ、碧だけが無限に広がる・・・何も、無い場所・・・・・
・・・何かが、違う・・・・
「その場所」には何も無いのに、感じるはずの無い違和感を感じる。
・・・・誰かがいる――わけでもない。
特に何の変化も無いまま、違和感だけを残してただ時間だけが流れていく。
・・・違う・・・・
物理的な何かが違うのではない。この目に映るものは、何一つ変化などしていない。
碧い場所には、何も無いのだ。何も無いのは、いつものことで。
何も無いのは・・・・彼が、■■■■だから・・・・
・・・違う!
俺はそんな存在じゃない!俺は■■■■なんかじゃない!!
俺は・・・・俺は「蔵伽 苦楽夢」だ!・・・・だから・・・・違うんだ!!
何も無い空間から無数の罵声や手が伸びてくるような感覚に襲われて、ただ走った。
碧い闇の中を、ただ、ただ、走った。
・・・・それらから、「逃げ」ずにはいられなかった。
あの場所から、あの、碧い場所から―― 一刻も、早く。
救いの手など誰も差し伸べてはくれない。
誰が悪いわけでもない、悪いのは自分。
あの時、あの場所で、己の下した決断は―――許せるものでも、許されていいものでもなかった、から・・・・・
――――辿り着いたのは、唯一の―――
そこが最後だった。他にはどこにも逃げ場所など無いのだから。
―――安息の場所であったはずだった、のに―――
その場所さえ。
―――「お前」さえ、出てこなければ――!!
***********interlude 3************
深夜。急に”彼女”のけたたましい声がした。
「早く起きろ」 「ぐずぐずするな」 「すぐに追いかけろ」
”彼”の気配がする度に、”彼女”はいつも少女に呼びかける。
少女の都合などお構い無しに、ただ一方的に「後を追え」と。
少女もただのお人よしではない。何も無しにただいつも振り回されるだけなのであれば、
少女とて黙ってはいない。
・・・・・ただ・・・・”彼女”はいつも、必死だった。
何に必死なのか、なぜ必死なのかは、問うても答えてくれない。
ただ、つらい雰囲気が漂う、沈黙を返すだけ。
しかし、”彼女”の声が放つ気からも、”彼女”が悪いものではないとわかる。
――だから・・・・引き受けてしまったのだ。
初めて”彼女”と出会った、あの日に。
少女は今、ただ走り出すだけ。
”彼”が行くその先に、先回りしなければいけないから。
・・・今、”彼”が行こうとしている先は、本来”彼”が来るべきところではない。
少なくとも、今は。
かと言って、自分が行ってどうなるわけでもない。
自分がするべきことは、”彼”を止めることだけ。
・・・・でももし、もし・・・・”彼”を止められなかったら・・・・・
「・・・・・・止めるわ。絶対に。」
だから、そんな落ち込んだような声で、切羽詰ったような声で
私を呼ぶのはやめて。
・・・・必ず、止めてあげるから。貴方の為に。
だから今はただ――導いて。
”彼”の、元へ―――
*********interlude out***********
―――どこを、どう、走ったのか。
どれくらい、走ってきたのか。
どこへ向かって、走ってきたのか。
上下も左右も前後も無い「碧」い空間を、ただ走ってきた。
けれど、どこまで「逃げ」ても、「碧」さは消えるどころか濃くなる一方だった。
まだまだ「逃げ」なければいけないけれど。
足が悲鳴を上げて勝手に止まってしまう。
長く走っていたのか、息も切れ切れで、足はまともに立てずに地にひざをつく。
肺が潰れそうに苦しい。胸が痛い。
――あの時も、そうだった。
走って、走って。追い詰められて。
彼女は叫んで。俺はまた走って。
そうして辿り着いた先が、結局―――
「!」
その時、ふと、ほのかな光が視界に入った。
「碧」いだけだった空間見え隠れする、弱弱しい光。
・・・なんて、儚い光。
この闇の中では、きっとどんな光も隠れて消えてしまうのだろう。
けれど、叶うのなら――
この「碧」い闇を払う、希望の光であって欲しい――
手を差し伸べて、その光をつかもうとする。
あと少しで光に届く、そう確信した時――
「・・・・・え・・・・!?」
光を中心に、「碧」しか無かった空間は破れ、辺りに建造物が立ち並ぶ世界が現れた。
建造物に見覚えは無いが、ここはどうやら日常の世界であることは間違い無さそうだ。
どうやら、夢の中で逃げている間に、現実にも走っていたらしい。
どこをどう走ってきたのかは、全くわからないが。
Tシャツにジャージという寝巻き姿で、裸足のままその場所に立っていた。
「・・・・「夢」から・・・・逃げ切れた・・・のか・・・・?」
しかし、その安堵は瞬間で破られた。
目に見える形こそ現実世界のものだが、
感じる気配はやはりあの「碧」い空間のもの。それも、むせ返る程濃い。
・・・・しかし、異変はそれだけではなかった。
「・・・・じゃあさっきの光は・・・・?」
己の手の中を見るが、やはり手が届かなかった光はその手には無かった。
代わりに、異様なほどに明るい月が空高く浮かんでいた――
・・・・・いや、正確には、それは月ではなかった。
月のように見えた光はその大きさを徐々に広げ、
やがて辺り一面を包み込むほどに膨張し、
目に映る全ての物を歪めていく。
まるで、この世界が終わりを告げるのかと思うほどの衝撃だった。
天が、地が、その歪みに共鳴し、あらゆる物が原型を失う頃。
「二度と見るはずのなかった」人影が、歪みの中から現れる―――
顔の右半分を覆う長い前髪。 渦巻く風にたなびく長い髪。
整った顔に、鋭い目。
そして明らかに人のものではない赤い大きな角、長い腕―――
――なぜ?
「碧」の正体はこれではない。この地に満ちていた「碧」さは、この気配ではない。
『・・・・・やっと・・見つけた・・・・・』
「懐かしい」低い声に不思議な響きを伴わせて、その人物が口を開く。
その男は全身至る所が傷だらけだった。
まとった衣服におびただしい量の血が滲んでいる。
しかしその男は眼光だけは依然鋭くて。ただ一直線にこちらを見つめる。
『・・・・・頼みが、ある・・・・・』
そう言って何かを抱きかかえていた長い腕をこちらに差し出す。
すると、その「何か」は光となって自分にゆっくり向かってくる。
・・・・ああ、これは。夢の中で見た光だ。
そう確信する。先程空にあったあの危険な光でなく、その存在が心を落ち着かせてくれる、暖かい光。
そしてその光は自分の下に辿り着いた瞬間、人の形を象った。
――子供だった。まだこの世の善も悪も知らないであろう、無垢な幼い子供。
背中に負っている光の後光と、頭にはめている輪を除けば、
この世界の人の子供とほとんど変わりは無い。
『その方を・・・・どうか、頼む・・・・・「天竜(てんりゅう)」・・・』
そう言い残して、「懐かしい」人影は消えた。
人影が消えると、世界は元の姿を取り戻す。
――・・・「その方」?・・・・・「頼む」・・・?
「あの男」が「その方」呼ばわりするなど、この子供は何者なのか。
只者ではないことは見ればわかるが。
それに「頼む」とは・・・・?あの男のあの状態は一体何が・・・・?
・・・・・・それ、に。あの、男は、最後に・・・・・
――・・・・天竜、と・・・・
それは昔、ある男の名前――であったもの。
今は当の本人が違う名を名乗っている為、名前としては機能しない。
しかし、名とはある種の言霊のようなもので、名前として機能しなくても
十分にその者を束縛する力を持つ。
この男にとって、その「束縛する力」とは・・・・「碧」さだった。
脳内で「天竜」という名を意識しただけで、それまで払われていた碧さが戻ってくる。
どの場所よりも濃い、この地特有の碧さが。
腕の中の子供だけはかろうじて、夢の中と同じように光っている。
しかし光が保護してくれるのは子供だけらしく、
自分自身は再びあの逃げたくなるような感覚に襲われる。
――嫌だ、違う、違う・・・・
もはやどこへ逃げればいいのかもわからず、
ただ否定することだけが、最後の抵抗手段だった。
――押し寄せる「碧」の全てを。
「しっかりしなさい!!!」
それは、腕の中の子供とは違う、強烈な赤い光だった。
その声によって「碧」さは一気に払われ、この夜で初めての安らぎを得る。
「ちょっと!?しっかりして!!」
「・・・・?」
しかしやがておかしいことに気付く。
今、目の前で自分の肩を揺さぶっている少女とは面識が無いはずで。
なぜその少女によって安らぎを得ている自分がいるのか?
背中まで伸びる、長い黒髪の少女。
先程の光を髣髴とさせる、鮮やかな赤い瞳。
その瞳によって見つめられるのは、なぜか心地よかった。
「・・・・な、何?今度はどうしたっていうのよ・・・・」
こちらに見つめ続けられていることに気付いて、
少女は困ったように肩から手を離して距離を置く。
「・・・・・・いや、何でもない。」
少女の行動がおかしくて、やっと日常に戻ってこれたような気がした。
これで腕の中に子供さえいなければ――
「・・・・まあいいわ。それよりその子供・・・」
・・・・夢じゃ、なかった。
「何があったの、この場所で。」
「俺自身にわからないことが、どうしてお前に説明できるんだ?」
歪みから現れた男、「その方を頼む」という一言。そしてこの子供。
それら全てが紛れも無い現実だと知って、
声が震えだすのを抑えられなかった。
「・・・・会ったんじゃないの?『天沙(てんさ)』って人に。」
「!? ・・・・どうしてその名前を知ってる!?」
天沙とは、あの「懐かしい」声の、今腕の中にいる子供を預けた、あの男の名だ。
この世界では「面識がある自分しか知るはずの無い」人物であるのに、
なぜこんな何でもない少女がそれを知っているのか・・・!?
「・・・そっくり返すけど、どうしてあなたも彼が『天沙』であると知っているわけ?」
「・・・!」
「・・・・まあ、話せば長くなるわ。でもその前に、あなたとは長い付き合いになりそうだから、
名前くらいは教えておくわ・・・・私は、皇雀(おうじゅん)。あなたは?」
「・・・・・俺は、苦楽夢・・・・蔵伽、苦楽夢・・・」
「・・・そう、じゃあよろしくね蔵伽君。」
にっこりと笑って、彼女はそう言った。
*********interlude 4***********
――出会って、くれたか・・・・
夜の闇の中を彷徨いながら走っていた苦楽夢を
追っていた男が一人、物陰で安堵する。
もし苦楽夢があの少女と出会わずに「あの場所」へ行ってしまっていたら
事態はさらにややこしく深刻になっていたのだが。
これでしばらくは安心だ。
あの少女・・・・つまるところ、あの少女を動かしている”彼女”とは
最終的に目指す目的は違うが・・・・途中経過はさほど変わらない。
――その時が来るまで、せいぜい利用させてもらうとしようか。
”彼女”には、悪いがね。
しかし・・・天沙がここで出張ってくるとは・・・しかも、「あの方」を連れて。
苦楽夢は果たして、どう転ぶ気なのだろうな。
いざとなれば私も行動を起こすことになるだろうが、今はまだ・・・・
少し離れた場所から、静観することにしよう・・・・
*********interlude out***********