| 第3話 神の束縛 |
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辿り着いたその場所は ただ、無限の 「碧」だった 光も無ければ 影も無く 過去も 未来も 現在も無く
休む事さえ 許されず・・・ |
第3話 神の束縛
――明日放課後に詳しいことは話してあげるから、屋上に来てね――
昨日の晩、少女――皇雀にそう言われたから、
白矢の(図書室に付き合ってくれという)懇願を断ってわざわざ来てやったのに。
「・・・・どれだけ待たせたら気が済むんだ、あの女・・・・」
「くらむーボクひまだよぅ〜退屈で死んじゃうよぅ〜ねえってば〜」
「えぇい黙らねえかてめえも!!」
ぽかっと、軽く目の前のその子供の頭を叩く。
この子供は、そう。昨日の晩あの「天沙」から預かった、光の子供・・・・のはずだ。
預かったときは眠っていたから、どんな子供なのだろうと
家に帰ってからほんのわずかな期待をしていたのだが・・・・
「いたぁっ! ・・・うわ〜んくらむに叩かれたよぉ〜」
実際は、こんな、なんでもない、ただのうるさいガキだったわけで。
・・・・・いや、何でもないというのは少し語弊があるな。
まず、この子供は宙に浮くことが出来る。
俺と目線を合わせて話が出来ないのは嫌だと言って、大抵いつでも浮いている。
それだけじゃなくて、なんとこの子供は他の人間には見えないようなのだ。
この子供には学校まで付いてこられたので一瞬肝を冷やしたが、
それがせめてもの救いだった。・・・・無論、俺には姿も見えるし声も聞こえる。
しかも他人には姿は見えないのに、
こいつが勝手に物を投げたりして、それが当たってしまった時には・・・・
はっきり言って授業なんて受けられる状態ではなかった・・・・
「大体、お前のせいで今日一日で一体何人に迷惑かけたと思ってんだ!
お前のした事なのに全部俺のせいになるし!!」
無理は無い。この子供はいかんせん他人には見えないし、
物が飛んできた方向を見ればつまり俺しかいないわけで。
「(一体こんな奴のどこが「その方」なんだか・・・・)」
天沙は、この子供をそう呼んでいた。
それに、頼む、とまで言われて。
・・・・・頼むと言われても、一体何をどうすればいいというのか。
あの姿からして、切羽詰っていたのはわかるが、もう少し説明か何かを・・・・
「・・・っておい!?どこに行くんだ!?」
「くらむ、相手してくれないんだもん。もうしーらないっ」
「おい待てよ!!勝手にうろうろするなって!!」
放っておいたら何をしでかすかわからない。
しかも一応頼むと言われた手前、目の届かないところに行かれては困る。
屋上の柵を楽々と越え、3階のどこかの教室に行ってしまったであろう子供を捜す・・・・
*********interlude 5***********
――蔵伽君、本当にごめん。
約束した待ち合わせの時間から、すでに2時間が経とうとしている。
しかし、約束を提起した当の本人がまだ図書室で頭を抱えていた。
――私だって、好きで約束を破ったわけじゃないのよ?
”彼女”の声に導かれ、やっと見つけた彼。
これで役目は終わったと思ったのに、”彼女”はまた次の要求を突きつけてきた。
それもまた、人探し。
もちろん嫌だと言ったが、”彼女”が「今回は前のより楽だから」と言うから、
しぶしぶ承諾したのだ。
――我ながら、自分に嫌気が差してくるわ・・・
どうしてこんなにお人よしなのかしら・・・
「・・・・あのさ、皇雀さん。次・・・なんだけど・・・・」
「まだあるの?」
”彼女”が導く方向へ向かった先が、この図書室で。
声をかけた瞬間に、逆に彼に捕まってしまったのだ。
「わ、悪い!この微分の問題なんだけどよ・・・」
「しかも今日授業中にやった所じゃない!? ちょっと阿虎野君!あなたちゃんと授業聞いてるの?」
「仕方ないだろ!?先生の話聞こえなかったから授業になんねーし、
そんな授業起きてたって無駄だろ?」
「そういう問題じゃないでしょー!?」
どうやら当分、屋上には行けそうにも無さそうだ・・・・
*********interlude out***********
「ちっくしょー・・・いったいどこ行ったんだあのガキ・・・」
これで5クラス目。教室に行くたびに、子供はいるのだがすぐに窓から出て、別の教室へ行ってしまうのだ。
重ねて言うが、彼は他人には見えない。
故に、他人から見た苦楽夢の行動の怪しさは容易く想像できるだろう。
子供はと言うと、苦楽夢に遊んでもらえていると思って、
ご機嫌はこの上なく良かった。
5クラス目からも逃げられて、渡り廊下でぐったりしていると、
目の前に子供がふらりと現れた。
「えっへへー」
「・・・なっ てめ今度こそ逃がさ――」
「まだ捕まらないよーだ こっちだよー」
そう言いながら飛んでいった先は・・・・
「・・・あの野郎!よりによって白矢の前で恥をかかせる気か!?」
それだけは、と思い、疲れきった体のことなど忘れて
図書室へ急いだ。
*
「・・・わかった?」
「おう!ばっちり!!」
「おんなじ考え方でその下のも解けるから、やってみて」
「・・・・・・・・あのさ」
「どうしたの?」
「・・・・・この場合xとaに何を入れたらいいんだ?」
「もーーーーーーー!!!前のところ読めばわかるでしょ!?!?」
「ねーねーお姉ちゃん達、ボクと遊んで?」
「「・・・・・・・・・・」」
相変わらず喧嘩のような勉強会が続いている白矢と皇雀の間に、
見知らぬ子供が割り込んできた。
・・・・しかも一目見て普通でないとわかる、その姿。
だん!!
子供に気を取られていると、間髪をいれずに図書室の引き戸が乱暴に開く。
戸を開けた本人はそのままずかずかと図書室に入り、
まっすぐに白矢のところまで来た。
「おい白矢!今からしばらく目ぇ閉じて・・・・・・・」
目を閉じるも何も、そこには白矢の他に皇雀がいて。
・・・・しかも二人は、こちらと、紛れも無くその子供を交互に見ているではないか。
皇雀はまだわかる。あいつは現に昨日の晩この子供に会っているから。
しかし・・・・
「・・・・白矢、もしかしてお前それ、見えてたりするのか・・・?」
「・・・見えてたらまずいもんなのか、もしかして・・・・」
「まずいっていうか・・・・」
しばらくの沈黙。
――別に見えてもまずいものではないとは思う。
見たら不幸になるとか、少なくともそういうレベルの存在ではない。
ただ・・・これが見えると言うことは、何かただならぬ事に巻き込まれてしまうような、
そんな・・・気がするのだ。
「・・・・蔵伽君、阿虎野君。・・・・大事な話が、あるの。
屋上まで付き合ってもらえるかしら?」
「・・・・あ、ああ・・・」
「・・・・・・」
俺は本来皇雀とは屋上で会う予定でいたので、素直に従った。
しかし、なぜかはわからないが、白矢はどこか不満げな顔をしていた。
その時は「どうせ必死の勉強を邪魔されたからだろ」程度にしか感じていなかったのだが・・・
*********interlude 6***********
――ちょっと。
『・・・・何よ?』
――これでいいんでしょうね?私だって二人よりは知ってるってだけで、
今だって何が何だかさっぱりわかってないんだからね?
屋上へ行く道中、皇雀は”彼女”に語りかけていた。
これから二人が知ることは、恐らく二人にとっても・・・皇雀自身にとっても、
相当衝撃を受けることになると思う。
しかし、それは真実であり、現実なのだ。・・・きっと受け止めなければ、この先を生きてはいけない。
『それなら大丈夫よ。あんたに説明をさせるような事はしないつもりだし。
あんたはあたしが話すことを、そのまま伝えてくれればいいの。』
――・・・・・。すみませんねえバカなもので。
言い方が、どこかむかつく。だからあえて皮肉げに言ってやった。
――それにしてもあなた本当に何なのよ?
姿も見せずに頭の中に直接声を届けるなんて。
『だからそういうこともこれから教えてあげるって言ったでしょ?
辛抱しなさいってのよ。あんたの役目ももうじき終わるんだから。』
――何よそれ、矛盾してるじゃない。もうじき役目が終わる相手に正体を教えるなんて。
『・・・・・・』
何か言いたげだった”彼女”の声は、そこで止んだ。
*********interlude out***********
屋上に着いた彼らは、皇雀が屋上の扉を閉めるのを待って、彼女を見る。
これから何を言い出すのか見当もつかないが、
彼女の表情からしていい話では無いのだろう。
・・・・そして何気なくついてきていたあの子供が妙に静かなのも気になる。
「・・・・・驚かないでね・・・・・でも、これが、真実だから。」
話を始める前にそれだけ断ると、彼女は深く息をする。
「・・・・まず、この子の事。
この子ね、『叉嬋羅(シャセラ)』って名前があるらしいの。
とりあえずこれからはそう呼んであげてね。・・・・長い付き合いになると思うから。」
「ああ、わかった。・・・・名前、あったんだな、こいつ。」
「・・・・・」
自分の話題なのに、子供・・・叉嬋羅はぴくりともしない。
・・・・気になる。が、とりあえず今は皇雀の話を聞くことにする。
「・・・私ね、ある人に頼まれて、あなた達を探していたの。
4人探すつもりだったんだけど、あと1人はちょっと私1人では見つけられそうに無いから、
あなた達にも探してもらおうと思って、ここに呼んだの。」
「何の用で俺達を探してたんだ。」
「それは・・・・・・・・!? え!?うそ!?」
何か言いかけた皇雀だが、突然驚いたかと思うと、それきり口をつぐんでしまった。
「・・・どうしたんだよ?急に1人で騒ぎ出して。」
「え・・・?え? 嘘、そんなの、信じろって方が無理よ!!
私だって急に言われても信じないわよ!
だって、そんな・・・・・」
「1人で騒ぐ前に俺達にも教えてくれよ!!」
たまりかねた白矢が皇雀に詰め寄る。
「・・・・・ごめん、阿虎野君だけ、来てくれる・・・・?」
「?」
苦楽夢から少し離れた場所で、皇雀が白矢に耳打ちする。
・・・ある人に頼まれて・・・・4人を探している・・・?
叉嬋羅というこの子供と・・・・これから長い付き合い?
それに・・・皇雀のあの慌てようは・・・・
まるで誰かが「今」言った事を信じられない、というような反応だ。
今現在も誰かが傍にいて、その誰かが言った事を直接伝えていたような・・・
・・・・嫌な予感がする・・・・当たらなければいいが、まさか・・・・
『その「まさか」だったら、どうする気だ?』
「!?」
聞いたことの無い声がした。どこか邪な響きを持つ、少年の声。
『ここだよ、苦楽夢。・・・・いや、「天竜」の方がいいか?』
声の主を探すが、どこにも少年らしき人影は無い。
今この屋上にいるのは、自分と、皇雀と白矢と、叉嬋羅だけで。
自分は今ここにいて、皇雀と白矢は声に気付かないのか変わらず小声で話を続けている。
・・・・だと、すれば・・・・まさか・・・・この声の主は・・・・
『くくっ やっと気付いたみたいだな!
オレ様とはまだ「ハジメマシテ」、だな?』
話しているのは紛れも無く叉嬋羅であるのに、全く別人の様な語調、気配。
しかもよく見てみると、頭にはめていた金環の代わりに、額に紋章が浮き出ていた。
あどけなかった瞳は、邪悪な光を宿している。
『そうびっくりすんなって。
お前が暇そうにしてたから、話し相手になってやろうと
このオレ様がわざわざ出てきてやったってのに』
「・・・誰だ、お前は・・・・叉嬋羅じゃ、ないな?」
『いかにも。・・・オレ様は今は、この体に宿るもう1つの人格ってとこだ。
オレ様の名は綺嬋羅(キセラ)。覚えときな。』
その眼光も、口調も。ひどく挑発的だった。
その瞳に吸い込まれそうな感覚に襲われながらも、
大事なことを思い出してその感覚を振り払った。
「叉嬋羅をどうした!?」
『慌てなくても奴は今引っ込んでるだけから安心しろって。
それより、さっきの質問に答えろ。・・・・どうする気だ?』
「・・・・・・・」
叉嬋羅のもう1つの人格、綺嬋羅・・・
しかし、何も知らない叉嬋羅に対して、こちらは何かと情報を知っているようだ・・・
「苦楽夢」をあえて「天竜」と呼びなおした事からも、それはわかる。
・・・・だが、信用できるかどうかは、全く別の話だ。
あの光に包まれていた叉嬋羅と同一人物とはとても思えない程の、この、見るからに邪悪な気配。
信用しろという方が、無理なのではないか。
『返答によっちゃ、協力してやってもいいぜ?
今のお前に出来ないことが、オレ様にはたくさん出来るんだからな』
まず有り得ない。その「まさか」が現実であるなど。
――彼らが、自分を追いかけてくるなど。
あの役を担うのがこの身でなければならない理由など、どこにもないのだから。
―――でも、もし・・・・もし。万が一、その「まさか」だったら・・・・・・
「―――その時は」
「冗談じゃねえ!!」
綺嬋羅に返答しようとした声が、前方からの白矢の大声でかき消された。
「私だって、信じられないわよ!でも、あなただってその夢を見ているのなら・・・!」
「それとこれとは関係無え!!・・・いや、あったとしても、
オレは「あいつ」に協力する気は無えんだよ!」
「じゃああなたのその夢はどう説明する気なの!?」
「知るかよ!!・・・・・大事な話だって言うから来てみれば、
とんだホラ話だったな・・・・帰ろうぜ!苦楽夢!!」
「なっ!? お、おい白矢!?」
苦楽夢にさえ有無を言わせず、その腕をつかんで
校舎の中へと放り込むようにして苦楽夢に先を行かせる。
自分も校舎内に入ろうとして、最後に視線だけ皇雀に向ける。
「・・・・・あいつが今までどれだけ苦しんできたか、何も知らねえんだろ・・・!
神だか何だか知らないが・・・・
あいつをこれ以上変な事に巻き込むようなら、俺にも考えがあるぜ。」
それだけ言い残して、屋上の扉を勢いよく閉めた。
屋上に残されたのは力なくへたりこむ皇雀と、
それを見届けた後、屋上の扉の方を向いて、ニヤリと笑う綺嬋羅だった・・・・。
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