| 第1話 辿り着いた、その場所は |
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辿り着いたその場所は ただ、ただ、碧かった 始まりの夜空の色に似て 終焉の安息を約束する
長い苦しみの果てに 辿り着いたそこはただ、碧かった。 深い深い海の底にも似た わずかな光だけを頼りに、照らし出された場所だった。
辿り着いたその場所は ただ、ただ、青かった 終わりの夜空の色に似て 再来の希望を約束する
始まるはずが、終わって 終焉のはずが、再来して
――さざ波は狂い ・・・・・空は崩壊を始める――
やっと、辿り着いた―――
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第1話 辿り着いた、その場所は
「・・・・・っ」
まただ。・・・・また、あの日の夢を・・・・
やっと辿り着いた安息の地。もう心配ないと、一息つこうとした瞬間に――
「ちょっと蔵伽君? もう昼休みなんだけど。」
「・・・・へ?」
現実に急激に引き戻され、まだ寝起きの彼はその衝撃の真実に思わず変な声を上げてしまう。
確か記憶に残っている最後の授業は2時間目だったはずである。
あまりに退屈な倫理の授業であった為に知らず知らずにまぶたが落ちてきて・・・・
「ま、待ってくれ、確か3時間目は移動教室・・・・だったよな?」
なのに自分が起きたのは4時限終了後の昼休みで。
その時の自分の出席がどうなったかが気になる。
しかし相手はこっちの言を聞いているのかいないのか、面白おかしく当時の状況を述べていく。
「ほっとくのも面白そうだったし、そのままにしといたら本当に寝てるんだもの。
今起きなかったら顔に落書きしてやろうって言ってたところだったのよ〜ww」
なるほど。見れば自分の周りにはマジック――しかも油性――を持った生徒達が待ち構えて・・・
って論点はそこじゃない!!
「なんで起こしてくれなかったんだよ!!俺の評価は!?進級はどうしてくれんだよお前は!?」
「この1学期末で点取れば問題ないでしょ〜?あんた不思議と頭はいいみたいだし。」
「そういう問題じゃなくてだなあ、お前そこは仮にもクラスメイトに・・・」
「はいはーい 何だか蔵伽君起きちゃったみたいだし、『蔵伽君をもてあそび隊』はこれにて解散にしましょう〜」
・・・・こっちの言うことは徹底的に無視され続けて、今まで話していた女生徒も他の生徒も
「えぇ〜」なんて不満げな声をあげながら、あちこちに散っていく。
彼の名は、蔵伽 苦楽夢(くらか くらむ)。
なんでもない普通の高校に通う、普通の高校2年生、なんて言うと、
またクラスメイトに「名前に『苦』がある奴のどこが普通なんだよ」とつっこまれてしまうのだが、
それ以外は至って普通なのである。
あるとすれば、それはさほど勉強もせずほとんどの授業を寝て過ごしているにもかかわらず、
定期考査の点数は決まってクラスの半分より上を保ち続けていることくらい。
しかしそれもそこまで特別とは言えないので、やはり名前以外は普通なのである。
――ただ一つ、彼の抱える悩みを除いては。
「はぁあ・・・しょうがない。これ以上クラスにいたらまた何されるかわかったもんじゃないし・・・
屋上に行くか。・・・・・いるかなアイツ?」
ん〜っ、とあくび交じりの伸びをすると、弁当を持って彼は席を立って教室を出た。
* *
屋上の扉を開けると、気持ちのいい風と共に、透き通った青空が目に飛び込んでくる。
こんな日には、決まってアイツはこの屋上に来て――
「よー苦楽夢ー来ると思ってたぜー!!」
バシィッッ
・・・・・爽やか過ぎる「挨拶」を用意して、俺を待っている・・・・・
「・・・・相変わらず準備がいいこったこのサッカー馬鹿が・・・・」
阿虎野 白矢(あこの しろや)。
三度の飯よりサッカーボールを愛してやまない、俺が知る限り最強のサッカー馬鹿。
どこに行くにもボールを離さない、ある種の変態と言えばそうなのかもしれない。
・・・・で、今屋上の扉を開けた瞬間に俺は、その「変態」の蹴ったボールを顔に見舞われたわけで。
「人生もサッカーの試合も何があるかわからねえからな!俺はいつだって準備万端だぜ〜♪」
しかもまったく反省の色が無いと来た。いや、反省しないどころか正当化している。
「・・・・まあ今に始まったことじゃないけどな」
「何か言ったか?」
「いーや別に。」
苦楽夢が白矢の傍の壁へ歩み寄ると、彼はどっかりと壁にもたれる形で座って
弁当の包みを解く。
朝行きがけに買ってきた弁当なので割り箸で食べようとして、
ぱちんと割ったところで白矢と目が合う。
「・・・・お前、飯は?」
「俺はいつも早弁だぜ?w」
「・・・・・言っとくがやらねーからな。」
「わかってるって!俺はそこまで飢えてねえよ!」
からからと良く笑う。初めて会った時から、苦楽夢はこの裏のない笑顔だけがどうしても憎めなかった。
今日の空は、あまりにもよく、・・・・・・あまりにも「青」く、晴れ渡っていて。
屋上の柵にもたれかかって、遠くの風景を見渡す白矢。
見上げた苦楽夢の目に映った彼の爽やかな笑顔が、その後ろに見える澄み渡った青空に重なって・・・・・
――辿り着いた、その場所は、ただ、
ただ 無限の―――
「・・・おい!苦楽夢!!」
「!?」
いつのまにしゃがんだのか、目の前には白矢の顔があった。
若干怪訝そうな顔をしてこちらをのぞきこんでいた。
「どうした?」
「どう、した、って・・・・」
またやってしまった。
晴れた日は嫌いではない。澄み渡った空も嫌いではない。
だが、その「青」さは、どうしても思い出させてしまう。
思い出している間に、自分の意識とは全く無関係に何かをしてしまったりしたことも、
決して少なくないのが彼の悩みだった。
俺は、今度は何をした・・・?
「・・・・箸、止まってんぜ?」
「・・・・あ。」
よかった。
どうやらただ思い出していただけで、した事と言えば箸の手を止めていた程度だったらしい。
ほっと胸を撫で下ろした後、再び食事を再開する。
せめてこの昼休みの間くらいはもう思い出さないように、なるべく上を見上げないことにした。
「あ、やべ苦楽夢急げ!!昼休みもうそんなに残ってねえぜ!?あと5分だ!!」
ふいに手にしたケータイに目をやった白矢がまずそうな顔であせる。
「5分って・・・おい俺さっき食い始めたところだぜ?
しかも俺教室出てきたの確か昼休み始まってじきのはずだし・・・」
「・・・・・・・」
白矢はちょっと不思議そうな顔をして固まる。
しかしやがて何かに納得したのか、苦笑いをしながらケータイの画面をこちらへ向ける。
「・・・・なっ!w」
「・・・・・・・マジでかよーーー!?!?」
屋上から2階の自分の教室に戻るのに走って2分、さらに5時間目はまた移動教室でその移動に5分、
今残ってる弁当を完食するのにかかる時間は・・・・10秒で食える量ではある、が・・・
――どうあがいても、間に合う時間ではなかった。
「何だって次の移動が一番遠い体育館なんだよー!?」
この時ばかりは、さすがに自クラスの時間割の悪さを呪わずにはいられなかった。
10秒かかる量を5秒で無理矢理たいらげると、足早にその場を立ち去る。
「じゃな白矢!また帰りな!!」
「おー頑張れよーw」
・・・・・結果は、着替えも含めて体育館に駆け込むのに、ジャスト5分。
我ながらよくやったものだと、自画自賛したい気持ちだった。
***********interlude 1**********
――黒い長髪をなびかせ、長い廊下を歩く少女。
つい先ほどまで友人といたのだが、訳あって今はある場所へ一人で向かっていた。
・・・・”彼”に会うために。
彼女自身、まだ”彼”と面識を持ったことはない。名前だけはかろうじて知っている程度だった。
なぜ、そんな顔も知らないような相手に会いに行くのかというと、
それは”彼女”に頼まれたからだ。
『会って、様子を見てみてほしい』と。
では、”彼女”とは何者なのか・・・・・それは、少女自身にもわからない。
正体もわからない相手のために、なぜこんな事をしているのか、という事は
考えれば考えるほど自分が情けなく思えてくるので、今は考えない。
もう少しで上の階へ続く階段だ、というところで手前の教室から女子生徒が出てくる。
それだけなら何も気にならないのだが、その状況は即座に一変した。
上の階から、尋常とは思えない猛スピードで駆け下りてくる男子生徒がいる。
いや、少し気にしない事にするには無理があるほどの速さだったが、
それだけならやっぱりまだそこまで気にはしない。
問題はその直後だった。その猛スピードの男子生徒は階段を降り切ったところで、
例えるならドリフト族の急ブレーキ音が聞こえてきそうな勢いで半回転しこちらへ向かおうとしている。
そして先ほど教室から出てきた女子生徒は、俯いていたためにそれに気付かずに
あろうことかその男子生徒の軌道上を横切ろうとしていた。
(・・・・冗談じゃないわ!!あのままじゃ文字通りひかれちゃうじゃない!?)
「危ない!!」
少女が行動に出たのと、男子生徒が走り出したのは、ほぼ同時。
一瞬後には、少女に押されて難を逃れた女子生徒と、
男子生徒から女子生徒をかばった為に男子生徒とぶつかって床に倒れ込む少女、
そして男子生徒の姿があった。
男子生徒は相当急いでいたと見えるが、さすがにバツが悪いのか、
走り去ろうとしていた足を一旦止め、少女と女子生徒に振り返る。
「あ・・・わ、悪い。大丈夫か!?俺急いでてさ、よく見てなかったから・・・」
マジでごめんな、とだけ軽く謝って、また男子生徒は人外のスピードで走り去っていく。
後に残されたのは、女子生徒と、少女。
「いたたた・・・全く、何なのよ一体!
まだ私は『いいですよ』とも何とも言ってないってのにあの人はぁー!!」
「・・・あ、あの・・・・すみません・・・」
おずおずと遠慮がちに謝ってくる女子生徒。
先ほどの男子生徒にもこれくらい謝って欲しいものだ、と思いつつ、
足元に転がっていた眼鏡を拾い上げる。
ひょっとしたら、先ほど押した拍子にこの女子生徒が落としてしまったのかもしれない。
「これ・・・もしかして、あなたの?」
「あ、はいっ すみません・・・」
「いいのよ。あなたも、ちゃんと前見て歩くのよ!今度あんな奴が来たら足でもかけてやりなさいよ!
あの速さじゃそのうち校舎内で交通事故でも起こしかねないんだから!」
「あ、いえっ、その、そんな・・・・」
おどおどし通しの女子生徒は、眼鏡をかけるとまた「すみません」と謝って
せっかく出てきた教室へ戻っていった。
世の中には不思議な子もいるものだと思いながら、再びある場所へと向かい始めた少女だが・・・・
「・・・・まずいわ・・・昼休みあと何分だっけ・・・・」
取り出したケータイの示す時刻を見て、少女が血相を変えて引き返したのは言うまでもない。
*********interlude out*********
授業が終わって、一週間後に迫った一学期末考査の勉強をすると大見得切った白矢に付き合わされて
下校時刻を過ぎても図書室に残された苦楽夢。時刻は6時半少し前くらい。
夏の日は長い。空が暗くなってくる気配は微塵もないが、
それにしても・・・・・
「さっき説明しただろそこ・・・・」
「だから、なんでその式がここに当てはまんのかがわかんねーっての!」
「君達、いい加減に帰りなさい。閉じ込めますよ。」
「あーごめんなさい司書さんここが解けたら3秒で出ますから!!だから閉じ込めないでお願い・・・・」
「今から3秒で出るならいいですよ?
大体、下校時刻を過ぎて30分近く待ってあげてるのに、
まだ同じ問題が解けないんですか君は!!」
「うっ・・・・」
一体どこの誰だ、「俺はいつでも準備万端だぜ〜♪」とかなんとかほざいてたのは。
一週間前に公式の使い方もわからねえ奴のどこが準備万端なんだか。
「白矢、悪い俺そろそろ帰るわ」
「なっ なにー・・・お前まで俺を見捨てると言うのか?俺達は親友じゃなかったのか?」
「いや、だってこれ以上遅れたらマジで閉じ込められるぜ・・・・司書さん、本気みたいだし」
半泣き状態ですがりついてくる白矢に対して、あくまで淡々と事実を述べながら、指を差す。
指差した先には、あと30センチ程しか開いていない図書室の入り口と、
その向こうでギラギラした目で俺達を睨み付けながら、
その手にしっかりと図書室の鍵を握り締めている司書さんだった。
「わー待ってください!! 出ます!今すぐ出ますから!!」
間一髪、司書さん必殺「夜の図書室に閉じ込めの刑」だけは免れた。
* *
結局、俺達はそのまま二人で帰宅の途についた。
俺達の家は学校からそんなに近くは無い。むしろ遠い部類に入る。
そんな長い道中だから、白矢は何かと何かをしゃべりたがる。
「ったく相変わらずおっかねーなー!あの司書さんは!」
「まあ実際に閉じ込められた奴はいないみたいだけどな」
「ばっ ばかやろー! 閉じ込められてからじゃ遅いだろ!?」
「ま、確かにな。・・・・で、どーすんだお前期末。明日日曜で学校ないぜ?」
「げっ ・・・・ま、何とかするさ・・・」
それきり白矢はなぜかひどくへこんでしまい、あまり言葉を発さなくなってしまった。
白矢と別れる時に、「ま、何かあったら電話して来いよ」とだけ言って
相変わらずへこんだままの白矢に手を振った。
*********interlude 2*********
はあ はあ はあ はあ
長い苦しみの果てに
はあ はあ はあ はあ
辿り着いたその場所は
はあ はあ はあ
ただ ただ ■■■かった
はあ はあ はあ
見渡す限り ただ 無限の ■■■■だった
はあ はあ
この場所だけが 唯一つ、ここだけが、唯一の・・・・・
はあ はあ
最後の・・・・
はあ
やっと見つけた
はあ・・・・・
―――安息の場所―――
*********interlude out********