春−海棠舞い散る頃
一人の子供が寝ていたよ
帰る場所すらわからない
いらない子供が寝ていたよ
「おや?珍しいですね〜」
大陸を旅する吟遊詩人、海棠が声をかける。相変わらずの飄々とした声で。
「お前・・・・誰だっけ?」
「えぇっ!?そんなぁ〜ひどいですよう・・・・
私を忘れたって言うんですかぁ?」
半分涙目で相手にすがりつく海棠。
「嘘だよ!ちょっと冗談で言ってみただけだって!
昔の仲間を忘れるわけねぇだろ海棠!!」
「よかったぁ・・・・」
彼の名は、子牙。
3年ほど前、共にタオの源を封じた仲間だった。
去年もひと騒動あり、子牙は戦いに身を投じているが
海棠はその戦いに参加しなかったため、
二人の再会は3年ぶりになる。
「相変わらずですねぇ、子牙さんは。」
「お前こそ何も変わってねぇじゃねぇかよ!」
「はははっ そうかも知れませんね。」
二人は、これまでの経緯を語り合った。
昔、蛮獣を共に倒したこと、士官話を断ったこと、
そして昨年再び戦いに参加したこと・・・・
面白い部分があると声を出して笑ったり、
残念な部分があると急に沈黙したり・・・
何気ない会話の中で、海棠はふと思った。
・・・・・そう言えば・・・・・
今、私は笑ってる。今、私は話してる。
子牙さんと・・・普通に。
私が話すことに、子牙さんは普通に答えてくれるし、
子牙さんも私の話すことに普通に答えてくれる。
ごく、普通に。
昔は・・・・そんなこと、考えられなかった・・・・
話題が切れたところで、海棠は何気なく子牙に聞いてみた。
「・・・・子牙さん。」
「何だ?海棠」
「私たちは・・・・『仲間』ですか?」
「な、なんだよ急に!当たり前だろ?」
昔から・・・子牙さんは変わらないですね。
初めて会ったあの日から。ずっと。
自分が思ったことを、そのまま口にする。
あなたといると・・・・本当に心強いですよ。
「あなたになら・・・・話してもいいかもしれませんね。」
「何だ?」
海棠は立ち上がると、まだ草原に座っている子牙を見下ろして言った。
「ちょっとついて来て下さい。まだ残ってるかどうかわかりませんが・・・
鎬京跡に、見せたいものがあるんです。」
「こ・・・鎬京〜!?あの焼け跡に、何かあるのか?」
「・・・・あなたに・・・教えたいことがあるんですよ。」
海棠は振り返りながら笑った。
でも、その笑顔にはどこか哀しみが隠されていた。
いつもの彼の笑顔とは・・・・どこか違った様な・・・
*
鎬京跡。3年前に破壊された昔の王都。
今は焼け跡が残るのみだった。人の気配はどこにもない。
「おい海棠〜!何にもないぜ?」
それでも彼は子牙の先をスタスタと歩いていく。
この瓦礫の山の中に、何かあるらしいが・・・
不思議と彼は無口になっていた。
普段はやたらと口数が多くて、黙っていると寂しがる事すらした彼が。
ある程度歩くと、彼は数年前と同じ質問をした。
「子牙さん、あなたの名前って・・・・不思議ですね。」
「あ?海棠だってそうだろ。確か・・・花の名前だったよな。」
「その花の色は・・・何色だったでしょうか。」
確か・・・・と思い出すがなぜか出てこない。
3年前もこの質問に答えられなかった。
そしてとっさに海棠の額の印を見る。
「水色!」
一瞬の沈黙。しかしやがて海棠がくすくすと笑い出した。
「本っ当に変わってないんですね。子牙さんって!」
「なっ 何がだよ!!」
「3年前も、私が同じ質問をして、あなたは同じ答えを答えましたよ。」
そしてまだ笑いながら、海棠は傍に立っていた木を見上げる。
「でも、まだ残っていて良かったですよ・・・・この木が。」
「この木・・・枯れてねぇみたいだな。花も咲いてるし・・・」
「−−この花、なんだかわかります?」
「うーん・・・・桜か?」
「これが、海棠。私の名前の由来です。」
「え・・・・!?」
信じられなかった。海棠がこんな花だったなんて。
でも、よく見ると・・・海棠の花が散る中にたたずむ海棠の姿は・・・
花びらと一緒に、消えてしまいそうだった。
海棠がこんなに儚く見えたのは、初めてだった。
「ここ、昔私の家があったんですよ。」
「じゃあ、海棠は鎬京で生まれたのか。」
「うーん・・・ちょっと違うんですよねぇ」
「じゃあ、引っ越してきたのか。」
「そう言えない事もないですが・・・」
「じゃあ何だよ!」
苛立ってつい怒鳴った子牙。
海棠は相変わらず大きく育った「海棠」を見上げながら、
少し寂しそうな声で子牙に話した。
「正確には、ここにあった家は私が『住んでいた家』なんです。
私は・・・・」
そこまで言って海棠が詰まる。
それまで見上げていた顔をうつむかせてしまった。
やっぱり・・・・まだ、言えませんよ・・・
「海棠は・・・何なんだ?」
・・・子牙さん、あなたは私の生まれを知っても・・・
仲間でいてくれますか?
「養子・・・か?」
海棠は首を振る。
「養子なんかだったらまだマシですよ・・・
・・・・・・・・・捨てられたんですよ。私は、この木の根元に、捨てられていたんです。」
「捨て子・・・だったのか。お前。」
沈黙が続く。海棠は自分が捨て子だと言ったきり、何も言おうとしない。
・・・よっぽど、つらい過去だったに違いないな・・・
海棠といえば、いつも明るくて、
たまにしょげることはあったにしろ、大体すぐに立ち直ってしまうやつだった。
こんなにつらそうな海棠、見たこと無い。
「でもあなたには・・・」
海棠がこちらに向き直る。
「あなたには、話せそうな気がするんです。
できれば思い出したくない私の過去を・・・」
「海棠・・・」
「子牙さんだって、知りたいでしょう?」
確かに・・・知りたくないといえば嘘になる。
突然ついてきて、勝手に仲間になって。
思い出せば謎だらけのやつだった。
「教えて・・・くれるのか?」
海棠は少しいたずらっぽく微笑んだ後、
「海棠」の木の根元に絨毯を敷いて、愛用の楽器「三唱琴」を弾き出した。
そして物語を語るように、語りだした・・・・
昔、昔のお話で。 商という王朝がありました。
その王朝に仕えていた 一つの王族がありました。
彼らは代々楽を司り、 その力で王を支えていた。
その族名は「逢」と言い、 朝歌の傍に住んでいた。
あの日あの時あの場所で 一人の男児が生まれ落ち
一族郎党かき集め その誕生を祝い上げる。
その名は雲龍(ウンロン)名の由来は 「雲をも昇る龍になれ」
男児は父親母親に 従者に家来に祝福され
それは大事に育てられた
「雲龍って・・・誰だ?」
初めて聞く名だ。ひょっとしたら海棠の兄弟か何かかもしれない。
しかし彼は相変わらず琴を奏で続けるだけ。
三唱琴の奏でる音は
海棠の木のざわめきに溶けて
風に運ばれ響き渡る。
これから語るその物語を その語られる真実の全てを・・・
続
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