天邪鬼
―後編―

 

矢が空を覆い隠す。
血しぶきと悲鳴が交差する、戦場。
太公望は、其処で自らの役目を果たそうと指示をだしていた。
しかし、それに従ってくれる人は、1人もいない。
軍議で話し合った通りに動く人はいない。臨時の指示すら、無視される。
頬に2筋の線が残る顔は、明らかに困惑していた。
不意に、自分よりも大きな影が見えた。そちらに瞳を向ける。
今まさに、剣を振り下 ろすところだった。
危うくそれをかわしたものの、自分の傍らに剣士の姿は無かった。
今迄、散々護られるのを「子ども扱い」と怒ったが、
最前線で戦っていても、自分を 見ていてくれるのは、正直嬉しかった。

その日の戦闘は、なんとか勝つ事はできた。
しかし、今迄で最低の戦闘であったコトに、変わりはない。
死傷者の数は、ダントツだった。

「皆さん、どうして昨日の軍議で考えた作戦どおり動いてくれなかたんです?」
気まずい雰囲気の中、あちらこちらに視線を泳がせる仲間に聞く。
「どうしてだぁ・・・?勝ったんだから、いいじゃねぇか」
「あんまり、ツンツンしないでくれる?」
「早く天幕へ帰りたい・・・」
帰ってきたのは、そっけない言葉。悪意が込められているコトは、見て取れる。
「・・・・・!!」
明らかにおかしい。そう確信した時、見慣れた姿が、一番嫌いなモノを持ってやってきた。
「なになに・・・・黄天化、趙公明、黄飛虎、聞仲・・・」
そこまで、感情の篭っていない声で読み上げた。直に、リストは没収される。
「天化!!なんてコトするんだ!!」
涙目で、相手を睨む。絶対に考えたくないコトを、脳内に留めておきたくないことを・・・・・
天化は、少しイラついたようだった。額に、青い筋が浮かぶ。
「んだと?アンタはコレを実行するべくココに存在してんじゃねぇか。
アンタは人殺しだ!
アンタさえいなけりゃ、死ななくていいヤツもいたかもしれねぇのに・・・!!
・・・・・アンタは、人を殺す以外に、存在する意味を持ってねぇんだよ!!!!」
吐き捨てるように、それだけ叫んだ。公明が、
「よくも聞仲を・・・!!」
と、怒りの眼差しを向ける。嬋玉も、ナタも、雷震子も。
黄飛虎は、剣に手をかけている。
太公望は、その場から逃げ出した。仲間に対する恐れではなく、悲しみから。
心の1番奥にしまって置いた死と、「封神」を実行している自分への軽蔑が、
一挙に襲ってきた気分だった。

「僕だって、こんな仕事したくないよ・・・」
でも、それ以外に、自分が必要とされる要素が思い浮かばない。
今、自分は戦争の指揮をとっているのだ。
その事実がある限り、「殺人者」という汚名から逃れる術は無い。
いや、自分は「殺人者」でも別に構わない。
だが、幼い子供に、「殺人」を強要させている。
「この国を平和にする為。」
それもいいかもしれない。
しかし、結局「殺している」コトに変わりはない。
何が正義かなんて、自分に決められるモノじゃ無い。
「僕の存在する意味って・・・何?」
誰にともなく呟いた言葉が、風に流される。
今、自分の話を聞いてくれる剣士はいない。
「・・・・!?」
人のモノでは無い気配。森の中から、漂ってくる。
太公望は、打神鞭を握り締めた。今は、自分の力しか信じられない。

(数刻前)
「ヒヒヒ!!面白かったなァ・・・。あの、敵が後ろにいた時!!」
「アァ・・・なんで、あんなヤツが今迄生き残ってたんだろうなァ・・」
「オイ!!なんか言い合い始まってるぜ!!」
妖魔は、尖った耳をピクピク動かす。
耳に付いていた人の歯の飾りが、カチカチと耳障りな音をあげる。
「なぁ・・・。面白いコト思いついたんだがよォ・・・」
会話を把握した途端、1匹の鬼が言った。

(一体何なんだ!?)
さっきから浮かぶのは、周りに対する不満ばかり。森に入った途端、だ。
いつも以上にイラつきながら、妖気の最も濃い場所へ辿り着いた。

―精神を集中させる。妖魔は、この岩の向こうだ。子鬼のような姿をしている。

太公望は打神鞭で、岩もろとも妖気の源を砕こうとした。
いつもは話位聞く彼だが、 さっきからのイラだちのせいで、
そんなコトができる状態ではない。
今まさに、打神鞭を振り下ろそうとした時!!
岩の向こうから、3匹の子鬼がでてきた。揃って、命乞いを始める。
「申し訳ございません!!ボク達は、正之鬼(しょうのき)という妖魔です!
最近、 妲己の手下の妖怪が多いので、結界を張っていたんです!」
たどたどしい敬語は、どこか可愛くて。 太公望は、打神鞭を下ろした。
「どうしたんだい?なぜ、僕に謝るんだい?」
打神鞭で殺そうとしといて、それはないだろうというようなセリフで、
極上の笑みを紡ぐ。ただ、いつもより哀しそうなのは気のせいだろうか。
正之鬼と名乗った妖魔 は、弁解を始めた。
「ボク達は、人の心の奥深くを口に出して言わせてしまう種族なんです。
普段は気をつけているんですが、結界に触れられると・・・」
「そうだったの・・・。・・・・・じゃぁ、アレは皆の本音!?」
最近の会話が、走馬灯のように甦る。
もし元に戻ったとしても、嫌っている人間と居ることは苦痛だろう。
自分ではなく、「仲間」が。
正之鬼達は、いつの間にか消えていた。

(・・・・僕は、存在いしない方がいいのかもしれないな・・・・)
太公望はふらつきながら、森の奥へと歩いていった。

夜になっても、軍師は戻らなかった。
しかし、気にする者は誰もいない。やがて就寝の時を迎える。
だが、剣士は起き上がった。陣内のほとんどが眠っている。
剣士もまた、眠っている。彼は、幽霊のような足取りで森へ向かった。
身体は眠っている。だからこそ、彼は行動できた。

太公望は、泉の傍にいた。虚ろな瞳で、水に映った己を見つめる。
(僕は、存在しない方がいいの?)
問い掛ける答えは出ぬまま。後ろに忍び寄る妖魔にも気付かぬまま。
突然、身体の自由を奪われた。何の術だろう。鏡のような水に、正之鬼達が映った。
「どうしたんだい?」
泉に映る彼らに問うた。昼間と打って変わった表情の鬼。彼らは、口を開いた。
「死にたいんなら、オレ達が殺ってやるよ」
それもいいかもしれない。だって、僕には存在意味がないんだから。
術をかけられて硬直した身体が、泉に押し付けられた。水が、空気を通す穴を塞ぐ。
意識が薄れていった。
「太公望!!」
誰かが、僕の名前を呼んだ。揺れる水越しに、夜着を纏った天化が見えた。
虚ろな目とは裏腹に、天化の声はしっかりしていた。
甲高い悲鳴とともに、自分にかかっていた術が解かれた。
身体を縛った見えない鎖が切れた。
そのまま川を渡りそうだったが、力強い、聞き慣れた声が、行く先を遮った。
その声が、とても嬉しくて、懐かしくて。
自分を心配してくれるこの声は、ずっと昔に聞けなくなったもののように思えた。
「太公望!!無事か!?」
頬をたたく手が、冷えた顔を暖めてくれた。
・・・・・腫れていることには気付いていない。
「天・・・・・化・・・?」
霞んだ目から、涙が溢れる。滅多に見せない表情を見るチャンスなのに。
こんな時に限って、視界は最悪だ。 必要ないといわれた傷は、癒えていった。
その時。彼の後ろで、子鬼が剣を携えて現れた。
普段なら気付く筈なのに、彼は全く 気付いていない。
「危ない!!」
ありったけの声で叫んだ。
はっとした天化は、自分を切り裂こうと迫っていた刃を跳ね除け、
返す剣で子鬼どもを切り伏せた。
子鬼は、天化の刃と、太公望の打神鞭を同時に食らっていた。
爆風が、2人を泉へ突き落とす。天化は必死で、溺れかけている太公望を「拾った」。

朝日が、1日の始まりを告げる。
「ねぇ・・・。僕は、存在してもいいなかな?」
「はぁ?俺、そんなコト言ってたのか?」
どうやら、操られていた間の記憶はないらしい。
「ううん。アイツらに言われたんだ。」
とっさに嘘を紡ぐ。もう、バレているが。
「・・・・俺は、存在すんなって人に言われても、絶対にこの世で生きてやる。
そんなモンは、人に言われて決まるもんじゃねぇ。
俺は存在して居たいと思うし、これからもそうだ。
だから、どんな境遇だって生きてやる。
・・・お前を軍師としてしか見てねぇヤツなんか、あの軍にはいねぇよ。」
折角生きてんだから、遊びてぇよ。などと冗談めかしていう言葉に、
太公望は目から 涙が溢れるのを感じた。
(最近泣いてばっかりだ・・・)
うろたえる天化をよそに、太公望は涙をとめようとはしなかった。
今度の涙は、嬉しくって溢れたものだから。

どんな境遇に置かれようと、これからも自分は生きつづけるだろう。
この世に生まれた生命、何処まで自分の道を生きれるかだ。
例え、殺人者となじられようと、この道は自分で続けている道だから。
意味の無いものではなく、信念の元に動いているから。
幼子の手を紅く染めたくはないから、この国の人達が苦しむのは嫌だから。
この身体が壊れようと、自分は存在し続けるだろう。
それに、自分を心配してくれる仲間がいる。
「軍師」としてではなく、1人の「人」 として。自分を想ってくれている。

太公望は、軍の駐屯地へと向かって走った。
涙は乾いたし、今日も、いつもと同じ生活が始まるだろう。

太陽は、森を、空を、世界を・・・・明るく照らしていた。

 

END



涼森 凛様のコメント
ナタって、<逆の豆>が効くんでしょうか?(大汗)
天邪鬼'sが、自分の手で西岐軍を(太公望サン壊してから)全滅させようとしてるって、
書き忘れちゃいました・・・(大汗)
・・・なんともまぁ、長くなってしまいました。申しわけございません!!(大汗x50000000)

<文中に書けなかったコト>

天化サンがボーっとしてたワケ。 ・・・・ 起きている状態は、天邪鬼に操られているため、
寝ている間しか活動(本来の天化として)できなかったから。
何故彼がそんな方法を見つけ出したかというと、執念です。
負けたくないという。(笑)
太公望サンだけ植わってないワケ ・・・・ 単に寝なかったから・・・・なんて、今更言えない・・・・・
逆の豆 ・・・・ 効果は文中に。効果は、蒔いたヤツが死ぬと枯れて元に戻る。
基本的 に、思っているコトと反対のコトを言わせる。
ただし、「天邪鬼」ででてきた妲己特製の<逆の豆>は
相手の心をえぐるようなコトも言わせる。
その後の妲己 ・・・・ 天邪鬼の売り込み写真を踏みつけ、呪詛を3匹に対してか ける。ヒステリック。
天邪鬼達 ・・・・ 結局ほとんど嘘もつかずにご臨終ですが、「正之鬼」は演技です。
嘘をつくのが本業の彼ら、演技は得意中の得意です。
嘘・・・つかせたかったなぁ・ ・・・(オイ)

さっき凛も気付いたんですが、天邪鬼に操られた皆さんの言葉を普通に直して読んでみてください。
大変なコトが起こります(大笑) 特に、太公望サンをおっぱらう天化サン。
も〜完璧天太ですよ。
うわーん、そんなつもりなかったのに、顔向けできませんよ。

管理人:浪老子のコメント
どうすることもできなかった太公望。
あげくの果てには、自殺願望まで!?
しかしそこはやっぱり天化サンが剣士の意地を見せました。
操られていた人達は全く気付かないけど、
太公望にとってはまた大きな一歩になったことでしょう。
「何と言われようと、自分の信じた道を生きるまで――」
その信念は、彼らの中に深く息づいてます。

・・・・もしかしてあまり感想になってませんか・・・?すみませんっ
でも、スバラシイ物語ありがとうございました!!

 

前編へ

戻的喜媚世界