夢から醒めても

 


君はどんな声をしているの

君はどんな風に笑うの


・・・・君はどんな人なの――?


                    *


やあ、こんにちは。
最後に君と会ったのは去年の今頃かな。
君は・・・変わっていないね。
あはは、変わるはずも無いか。
・・・・おいおい、怒るなよ?
悪い意味で言ったんじゃないんだからさ。
いや、本当に。

・・・・・本当に。


もう君が変わる事なんて、二度と無い――


                    *


初めて会ったのは、6年前の晴れた日だった。
君は特に美人だった訳でもなく、優しい人だったわけでもなかったし、
いつも笑っている人・・・でもなかった。
どちらかと言えば・・・・近寄りがたい人。そんなイメージだった。
近寄れば問答無用に拒絶しそうな、他人との関わりを避けたがる人。
その頃から君を意識していたわけではないけど、
ただそういう人だというイメージだけが、
自分の心の中に強く残されていった。

それから、君と同じ環境にいる事がたびたび重なった。
同じ教室、クラブ、そして職場でも――
偶然と言うには重なり過ぎだけど、
それ以外に理由も見つからないので、
もはや奇跡に近い偶然なのだと、自分の中で無理矢理そう片付けた。

君は確かにその間もずっと変わらずに、
近寄り難い人だった。
こうもイメージが変わらない人もいるものかと思うくらい、
変わらなかった。
意識していたわけじゃない、そうじゃないけど、
君が昔からそういう人なんだということを知っている自分が、
どこかで優越感を感じていた。
誰に対しての優越感なのか、とかはわからないけど。

けど、何だか不公平だ。ある日唐突にそう感じた。
自分ばかりが勝手に優越感を抱いている。
君がこの偶然の連続を何とも思わずにいたなら、
いやそれどころかこちらの存在にすら初めから眼中に無いとしたら
何だかすごく自分が馬鹿に思えてきて、悔しかった。
悔しかったけど、同時に思った。

君の事を、知りたいと。
初めて君の事を本当の意味で意識した。


                      *


やっぱり相変わらず近寄り難い君に、
思い切って声をかけようとした。
しかしただ声をかけることがこんなに辛いとは
思いもよらなかった。
元から自分は口は達者な方だと自負していたし、
周りからもそう言われていた。
でも君の前では、その達者だと思っている口さえ拒絶されそうで、
何と声をかけていいのか本当に悩んでしまった。
何とか話しかける機会を得ようと、物を落としてみたり、
書類運びを手伝ってもらおうともしたけど、
結局うまくタイミングが合わずに失敗してしまうのだった。

幾度も。幾度も。


そうして失敗を重ねるうちに、
自分の中ではさまざまな想像が浮かぶ。

君はどんな声で話すのだろう。
どんな口調で話すのだろう。

どんな声で、笑うのだろう。


そう思うだけで気持ちはますます焦る。
でも焦ればまた失敗する。
悪循環は日常の仕事にまで支障をきたし、
その日はついに街中で提出予定の書類を落として
ばら撒いてしまった。
・・・その時でさえ、頭の中は君のことで一杯だったんだ・・・

自分でもわかるくらい情け無い顔で書類を拾い集めていると、
最後の1枚だけがどこを探しても見当たらない。
1番大事な1枚なのに、一体どこへ消えたのか――!
真っ青になって辺りを探そうとした視界が、一瞬にして真っ白になった。

それは、探していた最後の1枚。

喜びの内にそれを手に取ったのもつかの間、
ふとこの書類を拾ってくれた主が気になって顔を上げてみれば・・・・


やっぱり、変わらない顔で佇む君がいた。


笑っているのでもなければ、怒っているのでも、
呆れているのでもなく。
いつもと同じ無表情。

でも、受けるイメージは違った。
少なくとも今目の前にいる無表情の君は
決して近寄り難い人なんかじゃなかった。
ただ、表に出さないだけなんだ。
それがわざとなのか、感情表現が下手なだけなのかは
わからないけど。

君がそういう人なんだとわかって、本当に嬉しかった。
そしてやっと、君に声をかけることができた。


「ありがとう」


やっと巡ってきた機会はなのに、
その時は急いでいたから、それだけしか言えなかった。


この心に残っている君は・・・・そこで、止まっている。
まるで君のいつも変わらない表情のように。


そこから先の君を、知らない。







―――――君を見る夢はいつも、そこで終わる


                     *


君の声を、知らない。
君の笑顔を知らない。

一緒にいた時間は長かったはずなのに、
君の事を何一つ知らない。
君との関係も結局変わらないまま・・・・君は行ってしまった。

この声の届かない所へ。


知らない。
君がいないこの世界を、自分は知らない。
君が消えてしまった世界なんて・・・・知らない。

君の事を知りたかっただけなんだ。
君が本当はどういう人なのか、もっと深く知りたかっただけなんだ。
それだけだったのに・・・・・


                      *


・・・・なあ、あんまりだよ。
君と今のこういう関係が始まってもう3年だけど。
・・・・君が変わらないのは、相変わらずだけど。

・・・・目の前の今の君は、人の温かさを持たない。
触れるととても、無機質な冷たさだけを感じる。
以前は触れる事もできなかった君。
今は容易に触れる事のできる君。
それは冷たく、固く。

君の事を知りたいと、君に近づいたせいなのか。
あの時、やっと声をかける事のできた君。
その直後に自分のすぐ後ろで横断歩道を渡った君が、
事故に遭うなんて、誰が想像する?
無表情で書類を拾った君のあの顔が最期だったなんて、
信じられるわけ無いだろう?

だから、こう思うことにした。
あれは、夢。
君と初めて会ったときに始まって、
最後に見た君のあの顔で終わる夢。
だからその後は続かないんだ。その後は、無い。

だから目の前のこれは・・・・花の添えられた、この無機質な石は・・・
夢を見ていたことの、証。
あの夢が楽しかったと、そういう自分の勝手な思いを、
夢の中の君に伝える為の、証。
その為の手段として、今年も君に花を捧げる。


君が結局どんな人だったかわからない。
君を好きになってしまったのかどうかも、もうわからない。
あるのはただ、自分の勝手な思いばかり。
君とのあの関係は現実には何も残らず・・・

ただこの勝手な感情だけが、夢から醒めても残っていた。


まるで君の、変わらない無表情な顔のように。


完。

 本当の意味で、ヤマもオチもイミも無い(カタカナで書くな)
ジャンル指定が無かったので、
本当の意味での創作をやってみました。いや辛い(ぇ)
オリジのどの話でもなく、版権でもなく。
更に性別がわかる表現も、一人称も使わない、一話完結。
なかなかに辛い目標を立ててやってみましたが、如何でしょうか
(いや感想を聞くのはかなり怖いが)

ぶっちゃけてしまえば、
無機質な石ってのは墓石です。ええ。
途中は回想部分で、最初と最後はお墓参りですな。
(書かなきゃわからない 死)

 

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