君の元へ届けと願う

 


貴女は今、何を想っているのだろうか。
『嘘つき』と、私を罵っているのだろうか。
・・・・怒っているのだろうか。

             *

「あ、敦盛さん!」

那智の滝の前で、少女は少年の姿を見つけると、
軽い足取りで少年に向かって駆け寄ってくる。

「!? 神子・・・?」

普段あまり感情を表に出さない少年の瞳が
驚きのあまり大きく見開かれる。

「良かった〜、またお会いできましたね」

にこにこと微笑む望美とは反対に、
ひどく焦った表情で辺りを見回す敦盛。

「・・・?敦盛さん?」

「・・・・今、平家の者でこの熊野に参詣に来ているのだ。
 貴女が他の者に見つかるのは良くない・・・帰るといい。」

久しぶりに逢えたのに、返ってきたのは拒絶の言葉。
敦盛に迷惑がかかるのはわかっていたが、
ここで引き下がるわけにはいかないと、なぜか思った。

「・・・嫌です。」
「神子、平家の者達は貴女を憎んで―――」
「あなたに聞きたい事があるんです、敦盛さん」

「・・・私、に・・・?」

意外な返答だったのか、しばし沈黙する敦盛。
やがて、望美がその沈黙を破る。

「・・・なぜ、平家へ戻ってしまったんですか?」
「神子、その話なら前にも話しただろう。
 平家の者が平家に戻るのは自然ではないのか?」
「あなたは他の人とは違う!!
 あなたは確かに平家だけど、でも・・・八葉じゃない!」

望美は必死に源氏へ帰ってくるよう呼びかけるものの、
敦盛は淡々と冷め切った答えを返すのみ。

「・・・・神子、では言葉を返すが」
「?」
「神子は私が八葉だから平家でも助けると言うのだろう。
 では他の平家の者達は八葉でないから助けない。
 ・・・・・そう言うのか?」
「・・・・それ、は・・・・」

――そんな風に思われていたなんて、考えてもみなかった。
確かに、私は源氏側に居る以上平氏は敵になってしまう。
でも、敦盛さんは八葉だから平氏であろうと絶対に助けたい。
・・・でも、他の人たちは・・・・・

「・・・・ごめんなさ」
「すまない。私は・・・・こんな事を言いたいのでは無いのに・・・」

「・・・・え?」

言葉につまり俯く望美に、なぜか敦盛が謝罪する。
訳がわからず敦盛を見ると、苦悶の表情で佇む彼の姿があった。

「貴女がどう言おうと私は・・・八葉である前に、平氏なのだ。
 だから一門の繁栄を願うし、平氏とは争いたくないとも願う。」

そして神子に背を向けながら、「それでも」と続ける。

「・・・・私は平氏で、貴女は源氏の神子で・・・っ
 けれど、そうと知っていても私は貴女を・・・傷つける事など出来ない・・・!」

いや、「源氏の」神子というのはおかしいかもしれない。
源氏や平氏の争いといったものから全く外にある、穢れ無き存在。
まさしく神の御子。
いかなる者であれ彼女を傷つける事は許されない。
そう思うのもまた、ゆるぎない事実だ。

弱い己の心を隠すように、袖に隠して己の拳を強く握る。
そして、「不安ではないのか?」と尋ねた。

「・・・この様な矛盾した心を持つ私が八葉であること。
 いや、それ以前に、敵である一門が八葉であることが。」

「・・・・私は、不安じゃありませんよ」

「神子!?」

不安になんて、なるわけない。
こんなに優しいこの人が、八葉なんだから。

「だって、あなたが敦盛さんだから。
 不安に思うどころか、敦盛さんが八葉で良かったって、
 本気で思ってるんですよ。私。」

だから、思うの。

「お願い。私・・・・・”敦盛さん”に戻ってきて欲しい。」

八葉として必要だから、じゃなくて。
こんなにも苦しんでいるのに私には優しい、
あなたに何かできることをしてあげたいから。
敵同士じゃ、それすらも適わない・・・・そんなのは嫌だから。

敦盛に差し出された望美の手はしばらくそのまま待っていた。
敦盛もしばらくその手を眺めていたが、
やがて徐々に降ろしていた手を上げ、その手を取ろうとした。

「・・・・神子・・・・」

私は、何をしているのだ。
・・・・神子、頼むから・・・その優しさを私に向けないでくれ。
私は、私でいられなくなってしまう・・・・貴女の優しさに、甘えてしまう。
私が八葉にいても、源氏の姫である神子に迷惑がかかるだけなのに。
なのに私のこの手は・・・・私の心は、貴女と共に在りたいと・・・・
この胸の中でまるで荒波の様にざわめいて・・・・

 

「敦盛!どこにいる!!」


誰かが大声で呼ぶ声がして、敦盛は我に変える。

「人が・・・!神子、早くここを離れろ」
「敦盛さん!」

やっと戻ってきてくれると思ったのに・・・!!

「敦盛!どこだ!」
「神子、貴女がここで見つかればただでは済まないのだ。
 ・・・・ここで逢った事は無かった事にして、源氏に戻って欲しい」
「いや・・・っ 敦盛さんが戻ってくれなきゃ、私も戻らないんだか・・・ら・・・」

望美が言い終わる前に、岩陰に隠れて彼女を強く抱きしめる。
そして、その額に軽い口付けを落とす。

「・・・・必ず、行く。」
「あつ・・・もりさん・・・・?」
「・・・約束を果たしに、必ず行くから。」

耳元でそう囁いて彼は腕を離すと、
名残惜しそうに望美を見つめながら、岩陰に彼女を残して
自分は声の方へ走って行った。

望美はその後もしばらく岩陰で
顔を真っ赤に染めながら彼が口付けを落とした額に手を当てていた。

                       *

あの時は・・・自分でも訳がわからなかった。
ただ、貴女の手を取りたかったのに、手放さねばならない現実が
どうしようもなく嫌になって・・・・

あれからもう随分時間が経ってしまった。
けれど、実際に離れている時間が長くなればなるほど、
・・・・・断ち切ったはずの貴女への想いが、またこみ上げてならないのだ。
今更、もはやどうすることもできないというのに。

 
ふと手元に目をやると、彼の愛用する笛「小枝」が目に入った。

「・・・・神子・・・・・・」

貴女に逢いたい。
最期で良い、もう一度・・・・

そして――

最期に逢う前に、約束を、果たさせて欲しい。
私の笛を聴きたいといった、貴女の願いを
叶えたい。
・・・・貴女だけに聴かせられないのが、ただ心残りではあるけれど。

どうか、届いて欲しい
・・・・あの時伝えられなかった、私の想いを・・・・

 
平家の陣中という、あまりに笛の似合わぬ場所で、
彼は夜の虚空にその音色を放つ――。


完。

フライング第4弾。
敦盛の回想・・・ですかね。
時系列では「ずっと微笑んで」の直前な感じになるかと^^;
途中からちょっと展開に無理がありますかねえ・・・・
いや、っていうか初めてなんですってば!
こんな甘い小説書くの!!
何だか不安でたまらないので容赦なくツッこんでやってください・・・・

敦盛がこんな人じゃない率、100%なのでご安心を(何それ)
ノリ的に(というか確実に)3部作になりそうな悪寒です・・・^^;


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