願い

 

願い

 


「くっ・・・!」

ギィン! うなる双刀をかろうじて顔すれすれで受け止める。

「う・・・・っ あぁ!!」

しかし不自然な体勢で防御した、その直後に発動した術には対応できず、
まともに食らってしまい、船べりまで弾き飛ばされる。
しかし相当な衝撃であったにもかかわらず、
彼女はよろめきながら立ち上がった。
・・・・ただ、彼だけを見据えて。


やっと・・・違う運命に来たと思ったのに・・・!


望美はただ一人彼に・・・知盛に生きて欲しい為だけに
時空を越えてこの運命に来たのだが、
ほんの少し経過が変わっただけで
結局彼の入水を止める事はできなかった。
すぐにでも時空を越えたい所だったが、
ほんのわずか、彼が残した一言に可能性を見出して、
この運命を最後まで進んでいく事にしたのだ。

「俺がお前に未練が生じる前に・・・・
 満ち足りたこの気分のまま、行かせてくれよ・・・」

以前会った時、彼は教えてくれた。
この世に強い思い・・・未練を残して死んだ者ほど、
怨霊になりやすいと。

だからもしかしたら・・・・
・・・・彼が、もし、未練が生じてしまっていたら・・・などと、
白龍の神子にあるまじき考えとはわかっていても、
わずかに期待してしまうのだった。

――怨霊は、存在そのものが哀しい存在だと、わかっているのに――


その時だった。
辺りが、いやこの壇ノ浦全てを覆うかのように
陰の気が急速に満ちていった。

「なっ 何!?」
「・・・嫌な予感がしますね・・・当たらなければ良いですが・・・」

弁慶が険しい表情のまま周囲に気を配っていると、
案の定あちこちから怨霊が湧いてきた。

「な・・・!?海の、中から!?」
「手当たり次第に死した者達を怨霊化させているようですね・・・
 僕達を何とか足止めさせようという算段でしょうか」

言っている間にも、怨霊はますますその数を増し、
自分達が乗っている船を守ろうとするだけで最早手一杯だった。

「まずいですね・・・これでは、この後壇ノ浦で死ぬ者は
 皆怨霊になってしまいます・・・・」
「そんな! 弁慶さん、どうすれば・・・・」
「一体一体封印していてはとても間に合いませんから、
 必要最小限の道だけ作ったら、一気に頭を叩きましょう」

これ以上誰も死なせるわけにはいかない、
その為にも一刻も早く清盛のもとへたどり着かねばならない。
しかし溢れ返るほど数を増した怨霊相手に
さすがに源氏の兵士全員を守りきることはやはり叶わず・・・

「うっ うわああっ!!」
「がはっ・・・・・グ、グォアアアアア・・・・・!!」

「・・・・もう始まってしまいましたね・・・・」
「くそっ・・・・!引けぇ!引くんだ!!
 怨霊と戦えない者達は陸まで引けぇーー!!」

たまりかねた九郎が大声で指令の声を出す。

「しかし九郎殿!!貴方がたは・・・!!」
「ここは俺達が何としても食い止める!
 ここで全員怨霊になるわけにはいかん!引くんだ!!!」

今更退却命令を出したところで、
果たして何人が無事に陸まで戻れるのか。
希望は限りなく薄い。

「――最良の策を取りましたね。九郎。
 僕達は自分達を守るので精一杯ですから。
 今の状況では彼らは足手まといにしかなりません。」
「仕方が・・・・無いんだ・・・・・!」

悔しがる九郎を他所に、船は速度を上げながら最後の砦、彦島へと向かう。

 

 

何とか道を切り開き、彦島までたどり着いた一行。
だが、事態は良くなるどころか、陰の気はより濃くなる一方だった。

「神子、私から離れないで。・・・・・とても強い陰の気だ。」

白龍に言われずとも、その場にいるだけで息苦しさを覚えるほどの空気だ。
ここに清盛がいることはほぼ間違い無さそうだ。


清盛・・・・今まで、平家の人達を、身内を、
次々と怨霊として蘇らせてきた人。
たとえ本人が、蘇ることを望まなくとも・・・・・


も し か し た ら   あ の ひ と も 。


不安と同時に見え隠れするのは、わずかな期待。
怨霊になる事を望まない彼が蘇ることへの不安と、
・・・・怨霊としてでも、彼と再会できる、悲しい期待。


――そして、 ついに最後の決戦のときが来た。


きらびやかな衣装に身を纏った赤毛の子供――平清盛が姿を現した。

「よくぞここまで来たな源氏の神子。
 この怨霊の海をかいくぐって来れた事、褒めてつかわそう。」

いつもの運命なら、彼はこの後
一族を滅ぼした事への恨みつらみを並べるはずだった。

・・・・・・が。

「だが、その強運もここまでよ。そなたは我には勝てぬ。
 何故なら・・・・・我には今、頼もしい味方がおるでな!
 ―――来るがいい!」

清盛の高笑いとともに、その隣りに陰の気が集まり始める。

・・・・かなりの濃度。
恐らく、これまで戦ってきたどの怨霊も比べ物にならないぐらい。
ひょっとすると、別の運命で倒してきた清盛よりも強いかもしれない。
船の周囲にいた怨霊たちをも吸収しながら、
その陰の気の塊はどんどん膨れ上がっていく。

「なっ なんだこれは・・・・!」

流石の九郎もわずかにたじろぐ。

「・・・・こやつも妙に強情でな・・・・
 怨霊として蘇ることを頑なに拒みおるから、我も苦労したものよ・・・
 だがその分、より多くの陰の気を練った故、
 今までのどの怨霊よりも強力ぞ・・・!」

 

怨霊化を・・・頑なに拒んだ・・・!?


――俺がお前に未練が生じる前に・・・・―― 


未練が生じれば、怨霊になる。

 

・・・・本当に・・・・本当に。

・・・・・「彼」だったなら・・・・


やがて膨れ上がった陰の気の塊がはじけ、
くすぶる瘴気の中から人影が現れた。

俯いたままのその人影は、一歩、また一歩と踏み出して清盛に並ぶと、
ゆっくりと顔を上げた。


「知・・・・・・盛・・・・・・!!」

「・・・・・・・・・・・・・」

違える筈もない銀の髪に、目元の雲模様。
そして軽装の鎧に・・・・・握られた、二振りの刀。
何より、自分を見つめる狼のようなその眼差しは、まさしく彼の物だった。

「知盛・・・・・まさ、か・・・・・!?」

せっかく彼に会えたと言うのに、今この胸を占めるのは不安だけ。
かすかな期待が叶った嬉しさなど、瞬間で消えうせた。

 

本当に、未練が残ってしまったのか。

本当に・・・・・自分の、せいで――

 

「・・・・・・・・・・・・」

そして、彼はこちらを見つめたまま、沈黙を返すだけ。
表情一つ変えず、無言のまま。

「(知盛・・・?)」

明らかに様子がおかしかった。
いつのも彼なら、あの眼差しでもっと私を挑発するように眺めてくるのに。

「さあ知盛、そなたはそなたの望み通り、その神子と戦うがいい。
 あとの八葉は、我が片付けてやろうぞ!!」

言うが早いか、清盛は黒龍の逆鱗をかざし、
神子以外の八葉と白龍に攻撃を加えた。

「うあああ!!」
「くっ・・・・先輩!!」
「神子!!」

神子がいない状態で術が使えない彼らは、清盛に苦戦を強いられた。
一方で、望美と知盛は・・・・

「「・・・・・・・・・・・」」

相変わらず、沈黙のままだった。
望美は一刻も早く皆と合流して清盛を止めたかったが、
知盛の出方がわからず動けずにいた。
・・・・・いや、理由はそれだけではないが。

彼の瞳が、望美を捉えて放さない。
心ごと、そのどこか辛辣そうな眼差しに束縛されて、動けない。

「(どうして・・・そんな顔をするの・・・?)」

不安に瞳を揺らしながら知盛を見つめる。
すると向こうはこちらの意を汲んだのか、ようやく表情を崩した。

「クッ・・・・できれば怨霊としてでなく、
 生身の体でこうしてお前と戦うことができれば、
 文句は無いんだがな・・・・・」

自嘲気味に笑うと、ゆっくりと双刀を構える。

「・・・・まあ、いいさ・・・・・
 せっかく父上がわざわざ機会を用意してくださったんだ。
 ・・・・・・楽しもうぜ・・・・?」

 


そして、事は今に至る。
怨霊化したことで以前よりも遥かに大きな力を得た知盛に、
望美はただ翻弄されていた。

「・・・・どうした・・・?
 赤間関でやりあった時のお前は、
 もっといい戦いぶりを見せてくれたと思うんだがな・・・」

口調は、あの時のままだった。
挑発的な、相手の感情を逆なでするような、その口ぶり。

再び、攻撃を仕掛けようと知盛が近づいてくる。
かなりの近間に来るあたり、術攻撃はしないのだろう。
一歩、一歩。ゆっくりと近づいてくる。
そしてその度に、何か堪らない想いが望美の胸にこみ上げる。

どうしろって、言うのよ・・・・
今更、私にどうしろって言うのよ・・・・・!

また、戦えばいいの?
戦って、彼に勝って・・・・彼を、封印するの・・・・?

私は、何のためにこの運命を―――!!

「――っあぁっ!!」

右からの攻撃を何とか受け止めたものの、
その力の強さに床に倒れこんでしまう。

「――どうしたんだ。この程度じゃ、俺は満足できないぜ・・・?
 ・・・・あの時、俺を打ち負かしたお前はどこへ行ったんだ・・・?」

倒れた望美を静かに見下ろしながら、淡々と口にする知盛。

 

「―――どうしてよ・・・・」

「?」

 

うつ伏せに倒れたままの望美から漏れたのは、
嗚咽交じりの声だった。
知盛からは見えないその瞳から、無数の涙をこぼしながら。
・・・・悔しさに、その手を強く握り締めながら。

「どうして・・・・っ どうして蘇っちゃったのよ知盛!!!」

もう、どうしていいかわからない。

赤間関で波間に消えた貴方を悲しみ、
もしかしたら怨霊として復活しているかもしれないと
禁じられた期待をして。
怨霊として再会できた貴方はその復活を頑なに拒んでいて。

今貴方は、どんな気持ちで私と戦っているの?
望まずに与えられたその偽りの生の中で、
・・・・本当に、「楽しんで」いるの・・・・?

「・・・・・『どうして』・・・・・か。
 言ってくれるじゃないか源氏の神子。」

そう呟くように吐き捨てた彼の、その語尾の持つ響きに何かを感じた。
これまでの彼からは聞いた事のない、どこか・・・苦しそうな声だった。

「先程父上も仰っただろう。
 通常よりも多くの陰の気で以って俺を怨霊化したと・・・」

「そんな事じゃない!どうして怨霊に・・・・っ
 どうして・・・っ 未練を残しちゃったのよ・・・!!」

あの時「満ち足りた」って言ってたくせに――!!

よろよろと起き上がりながら船べりにもたれかかる
望美の言葉が終わるのを待たずに、
知盛の刀が望美の顔のすぐ横をかすめて
船べりに突き刺さった。

「・・・・それは俺が聞きたいぜ源氏の神子・・・・」

やはり辛辣な瞳で向けられるのは、憎悪にも近い激しい感情。
戦闘以外でこんなにも激しい彼を見た事は・・・・私は、無い。

「あの時俺は確かにお前に負けた・・・・
 だが俺は微塵の未練も感じちゃいなかったさ。
 ・・・・最期に、俺を負かす相手が、他でもないお前で良かったと・・・
 ―――本当に、満ち足りていた。」

なのに、と、彼は続けた。

「あのまま死ねれば俺はこんな事には・・・
 怨霊などに成り下がる必要は無かったものを・・・!」

チャキ・・・と鍔音が鳴った方向へ目をやると、
船べりに刺しているのとは別の刀の切っ先が
望美に向けられていた。

「・・・・・何故俺を引き止めた源氏の神子・・・・!」


・・・・ああ、そういう事なんだ あの時の台詞は。
怨霊になりたくなかったから。満ち足りたあの気分のまま
死なせてくれって事だったんだ――

  

「・・・・・生きて欲しかったから・・・・」

例えそうだったとしても。
あなたの意思に反してでも。

ただそれしか、理由は無い。

「あなたの言う『見るべきもの』の意味なんてわからないけど・・・
 死んで欲しく無かったから・・・・!」


静かに流れる涙が、頬を伝う。


「どうしても・・・・死んで欲しく無かったんだよ・・・・・」


今までの運命で、何度も救えなかった貴方。
貴方を本当の意味で救うには、生きていてもらうしかないのに。
同じ時を、一緒に生きたいのに。
死んでしまったら・・・・貴方を封印しなければならない、
それが白龍の神子の私の役目だから・・・!

 
「――あの時もお前はそうやって・・・・俺の後ろで泣いていたのか」

しばらくの間の後、軽いため息の後に紡がれた
今までとは少し変わった語調に、驚いて顔を上げると、
諦めた様な顔でこちらを見下ろす知盛の姿があった。

「知・・・・盛・・・・」

「・・・・獣のように強かで・・・・
 戦場にあっては戦女神とまで恐れられるお前が――
 ・・・ただ一人の死に涙するとはな・・・・」

苦笑して、刀を引きながら望美と視線を合わせるように
片膝を突く知盛。
そして目を細めながら、望美のその顔に触れようと腕を伸ばし―――

「―――・・・・・・ッ!」

突如、伸ばしかけた腕を引き、頭痛がするのか額を押さえながら
望美から離れた。

「知盛!?」

「・・・・・く・・・・っ・・・・・!
 早くも、時間切れ・・・・か・・・・・っ!」

少しずつ荒くなっていく知盛の呼吸。
似たような症状を、望美は何度か目撃したことがある。

「知盛!!勾玉は無いの!?」

「有ったところで・・・・っ
 この状況は変わらん・・・・っ だろうさ・・・・・!
 何せ、普段よりも遙かに多い陰の、気・・・・だから・・・・な・・・っ」

惟盛。敦盛。経正。
彼らが自分の理性を保つのに必要とした、勾玉の欠片。
しかしそれが無ければ最後、怨霊は自らの意志を保てず・・・・・

「知盛・・・・・!」

この人までが、狂ってしまう。
確かに他の人に比べればこの人は
元から狂っていたと言えるかも知れない。
だが、そうではなくて――「知盛」という人が、壊れてしまう―――!

「・・・・・クッ・・・・そんな、顔を・・・・するな・・・・・っ
 俺は自分を失ってまで・・・・この世に在りたいとは毛頭思わない・・・・」

そして彼は、望美が予想した最も言って欲しくない言葉を、
口にしたのだった。

 

 
「八葉ともあろう者が、この程度か!片腹痛いわ!!」

既に満身創痍の八葉達と、
傷はおろか衣服の汚れさえほとんど見えない清盛。
勝敗は誰が見ても明らかだった。

「次の一撃が止めとなろうか・・・・
 お前達を消せば、残る邪魔者は神子の――」

そこまで言って、清盛は知盛と神子の方向を見て絶句した。
神子を追い詰めてはいるものの、知盛自身も何故かはわからないが
かなり苦しんでいるのが見て取れたからだ。
このままでは、あの神子のことだ。形勢を逆転しかねない。

「知盛!!待っておれ、今父が助けてやるぞ!!」

言うが早いか、清盛は黒龍の逆鱗をかざすと、
強い陰の気の波動を神子に向けて発動させた。

「神子!!危ない、避けて――!!」

波動は一直線に神子の元へ向かっていき、そして――



「俺を、封印しろ・・・・・っ 源氏の神子・・・・!」

「そんな・・・・・!」

彼の事を思うなら、封印してあげるべきかも知れない。
敦盛さん曰く、怨霊となってしまった者にとっては
封印だけが、唯一の救いなのだから。
今の彼の苦しみを解放できるのは、恐らく私の封印だけ・・・・・
でも、封印してしまえば、彼はもう―――

「・・・・・何を、躊躇う必要がある・・・・っ?」

あなたを失いたくない。
その想い一つで、投げ出したかったこの運命を最後まで来たのに。
――何とかなると、思ってたのに・・・・・こんなのって――!

「・・・・・あなたを、本能のままに暴れる怨霊なんかにはさせない。」

封印なんか、しない。

敦盛さんがそうだったように、
彼だってきっと、怨霊にならない何らかの手段があるはずだ。
・・・・何もしないまま、このまま彼を封印することなんて――できない。

決意を固めると、時折呻き声を上げながらこちらを見ている知盛に
一歩一歩近づいていく。

「源氏の・・・・・神子・・・・・?」

「神子!!危ない、避けて――!!」

呻き声の間の知盛の台詞に覆いかぶさるように届いたのは
白龍の悲痛な声。
声の方向に振り返れば、見覚えのある黒い波動――
黒龍の陰の波動が真っ直ぐ自分に向かって飛んでくる。

無理だ、避けられない、と即座に実感した。
きっと自分はここで死ぬのだと、感じずにはいられなかた。
固く目を閉じながら、それでもまだ、死にたくないと強く思った。

・・・・・これから、彼を救わねばならないのに。救いたいのに。

――こんなところで、死ぬわけには・・・・いかないのに・・・・




「お前を殺していいのは、俺だけのはずだぜ――」


もう二度と聞くことが無いと思っていた、この世での人の声。
その最初の声が、知盛だった。

驚いて目を開けると、望美に当たる筈だった黒い波動は
何故かその軌道を変えてすぐ隣りの船べりの壁を大きく破壊していた。
そして自分に背中を向けて目の前に立っていた人影は――
双刀を握った、知盛だった。

「知・・・・・盛・・・・まさか・・・・・!」

「望まずに得た怨霊の力だが・・・まさかこんな形で役に立つとはな・・・・」

何と、その刀で波動の軌道を反らしたらしい。
彼が得た怨霊の力とは、それほどまでに強大なものだったのか。
そして今回は奇しくも、彼の忌み嫌うその力に助けられてしまった。


「知盛・・・・そなた・・・その娘を庇うのか・・・?」

驚愕の表情で問いかけるのは清盛。
予想外の息子の行動に、動揺を隠せないようだった。

「・・・・・さぁ・・・どうでしょうか・・・・・」

清盛の問いに、曖昧な返事を返す知盛。

「そなたまで、この我の元を去るのか・・・・・?
 兄の重盛と同じく、そなたまで・・・・・」

「・・・・・兄上と同じだとは思いませんが・・・・」

 
刹那、双刀を交差させて床に突き刺すと、
左手を清盛の方向へ伸ばし、金の気を放出する。

「何・・・!?知盛!!何をする気だ!?」

放たれた金気は清盛の体に纏わりつき、彼を束縛する。

「――源氏の神子」

清盛の問いには答えず、彼は望美を呼ぶ。
そして背中越しに目線だけで笑いかけながら、言うのだった。

 

「・・・・・今度こそやれ。お前の手で。」

 

いつも戦闘中に見せる、あの挑発的な瞳で。
私に剣を抜けと誘う、狼のような瞳で。

 

・・・・ただ違うのは、その刀が

今この時は、私の為に抜かれているということ。


「知盛・・・まさか、我を・・・・」

「・・・・父上・・・・永過ぎる余興は、却って興ざめだとは思いませんか」

「何を・・・馬鹿な、馬鹿な・・・!放せ、知盛!!」

「宴はもう終わりましたよ・・・・
 見るべき程のものは・・・・もう、ございません。」


その瞬間私に向けられた彼の表情は、
私の中で渦巻いていたあらゆる感情を停止させた

・・・・・・生きて欲しいのに。

「―――めぐれ、天の声」

・・・・・・・・傍にいたいのに。

「―――響け、地の声」

・・・・・なぜ、私は紡いでしまうのだろう・・・・・・

「―――かのものを・・・・・・・」


「・・・・・じゃあな、源氏の神子。
 お前は本当に・・・・いい女だったぜ・・・・・」


この、言葉を―――

「・・・・・・・・封ぜよ!!!」



―――その瞬間、辺りがまばゆい光に包まれて。
その光の中、最期の彼の声が、聞こえた気がした――



次第に薄れゆく光を、ただ呆然と見つめるしかなかった。
涙すら、出ない。

今度こそ、跡形も無く消えてしまった。
――私がこの手で、消したんだ。

自分でもわからないうちに、封印の言霊を紡いでいた。
自分の意思には確かに反していたはずなのに。


・・・・・彼の、顔が。・・・・笑っていたから。
今まで見たこともないくらい―――柔らかく。優しかったから。
私の意志を軽々と凌駕してしまうくらい、彼の心を感じてしまったから。

 

ねえ、どうして私をかばったの?
どうしてあんな風に・・・・笑ったの?

あの時感じたあなたの心は・・・・何だったの・・・?


彼が死ぬ間際に讃えた空に、彼が消えた海に問うても、
静寂だけが帰るだけ。
逆鱗を握る手に力も入らず、
白龍の光の代わりにただ壇ノ浦の潮風が、彼女を包んでいた。


完。

過去最大級の長さでお送りしましたチモリ小説、いかがでしたでしょうか。(ぇ)

実はこの作品いつの間にか私のチモリ語りになってしまいましたーー;
ゲーム中敦盛ルートでの敦盛への接し方や、
薄月夜聞いて確信したんですよね。
(「不死の一族」という辺りに嫌味が込められていて。)
彼自身も怨霊として蘇ることは反対だと思うんですよ。
ただ自分から波風起こすのは面倒なので重盛みたく反抗したりはしないだけで。
普段はだらだらしてるみたいですが、その辺は強い意志持ってそうです。
・・・個人的見解ですが、最期に「海に」身を投げたのは遙か3チモリの場合、
清盛に遺体を見つけられないようにする為かなーとか思ったりするんです。
(誰かのルートで「死体が見つからないと困るような事情でもあるのか?」と
聞かれているシーンがあった筈)
怨霊として蘇った者が最終的にどうなるか、嫌というほど見てきているはずですからね。
そうはなりたくないから、ならない為にはどうすればいいか。
・・・・満足して、未練を残さずに死ねればいい。
・・・・という結論に至り、それを戦の中に見出した彼は、
自分を満足させてくれる相手を探していた、その相手が神子だった・・・・とか。

・・・・いやー私ってば相当チモリ好きだわこりゃ・・・^^;



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