銀の太刀 −紅の銀−

 

銀の太刀
〜紅の銀〜

 




「・・・・油は十分にまいたよ」
「こちらの準備も万端です。・・・・・では景時殿、お願いできますか。」
「わかったよ。・・・・・・[ロ急]々如律令・・・!」

短く呪を詠唱して銃を発砲すると、辺りは見る間に火の海になっていく。

「・・・・これで、良かったんだよね・・・・」

景時が不安げに火の海を見つめる。

「とりあえずは、ね。でもほんの一時の時間稼ぎにしかならないから、
 俺達も一刻も早く撤退しなきゃ。」

叔父と共に部屋を去りながら、背中越しにヒノエが景時に声をかける。

「それも・・・・そうだね。」

何かが気にかかるのか、ちらちらと部屋の方を見ながらも、
景時も邸を後にする。



望美が高館まで戻ってきたのは、その数刻後だった。


「・・・・あっ!! もう火があんなに・・・!!」

わずかにたじろいだものの、やはり確認せねばならなかった。
きっとこのまま皆のところに戻っても、私は納得できない。
この高館にあるものが、何なのか・・・・・!

火ができるだけ少ないところを選んで、望美は邸の中へ突入する。



「む?あれは何だ?」

高館まであと一歩のところまで迫っていた軍勢の一人が、
訝しげにある一点を指差す。

「あれは・・・・邸が燃えているのか!?」
「九郎義経が匿われている邸ではないか!!」
「まさか義経め、自害を・・・!?」
「何としてでも奴の首だけは逃してはならん!討ち取らねば・・・・」

「待て。」

はやる兵士達を制止する、軍勢の長らしき人物。

「お前達は邸を取り囲んで待機していろ。・・・・私が邸の中を確認してくる。」
「しかし・・・・・!」

なおも抗議しようとした兵士達だったが、
投げかけられた長の視線を感じて、大人しく引き下がった。

「―――承知いたしました。銀様・・・・・」

そして静かに馬を進める馬上の男―――銀は何も言わず、
目の前の燃え上がる邸を見つめていた。



熱い。

熱い。 熱い。


何も考えられなくなりそうなほどに、 熱い。


「ねえ・・・・・どこ・・・・・・?」


退路などとうに無くなってしまった。
まだ燃えていないところといえば、ただ目の前の障子のみ。
しかしそれもただの障子だ、火が燃え移ってくるのは時間の問題だろう。


―――私、何しに戻ってきたの・・・・?

高館にある、何かを確認するため・・・・

―――何かって、何・・・・?

わからない。

―――どこにあるの・・・?

わからない。

―――でも、このまま引き上げるのは・・・・いや・・・・・


辺りの温度で朦朧とし始めた意識を何とか手繰り寄せて、
燃えさかる邸の中を必死に捜索する。

探しているのは・・・・・

―――これじゃない、 これでもない、

―――あれでもない・・・・・


違う、こんな小さなものではない、もっと、大きくて、大切な―――



「やはり、戻ってこられたのですね・・・・・」



後ろからかけられた声に、朦朧としていた意識が一挙に醒める。
振り向けば、今度こそ声の主の姿がある。

「しろ、がね、さ・・・・・・」

安堵のあまり気が抜けたのか、その場へへたり込んでしまう望美。
それを、眉一つ動かさずただ見つめる銀。

「良かっ、た・・・・あなたに、会えて・・・・・」
「・・・・・なぜ、戻って来られたのですか。」

そう告げる彼の瞳はどこまでも冷ややかで。
しかし望美はそんなことには構わず続ける。

「・・・・わからない・・・・・けど・・・・」


「この高館に、大切なものを置き忘れてきた気がしたから・・・・・」


それが正確には何なのか、未だにわからないけれど。


「私がなぜあなたに忠告したか、
 おわかりにならないあなたではないでしょう」
「・・・・えへっ ごめんね・・・・せっかく忠告してくれたのに・・・・・」

望美は苦笑いすると、銀に手を差し伸べる。

「・・・・?」
「行こうよ、一緒に・・・・・あなたが居てくれないと、寂しいよ。」

そう言った望美の目はひどく寂しそうで。
彼女の傍にいつもいる八葉達であれば迷わずその手を取るのかもしれないが。

「・・・・・それはできません。」
「・・・・どう、して・・・・?」

不安に揺れる望美の瞳を見据えながら、銀は絶望の言葉を紡ぐ。


「私達が、あなたを追う立場だからですよ。神子様。」
「え・・・・・――――」


意味が、わからない。
だって彼は、昨日まであんなに傍にいてくれた、守ってくれた、
・・・・・その、彼が、どうして・・・・・・・

「今邸を囲んでいるのは源氏軍ではないのはご存知ですか。」
「え・・・・?だって、あの時この邸の方角に見えたのは白旗じゃ・・・」
「確かにあの時旗を掲げていたのは源氏の者です。
 ・・・・・しかし今ここを囲んでいるのは、他でもない泰衡様の軍なのです。」

混乱していく頭をどうにか整理をつかようとする。
源氏じゃなくて、泰衡さんの軍が、ここを囲んでる、つまり、それは・・・・・

「―――お察しの通りです。
 あなた方は、泰衡様、ひいては奥州藤原に裏切られた、ということです。」


今更、どこに逃げ場なんてあるのか。
源氏だけでなく、この東北で最大の勢力を持つ奥州藤原を敵に回して。

・・・・銀を、敵に回して。


「じゃあ、銀、さんは・・・・・助けに来てくれたわけじゃ、ないですよね・・・・」

急に哀しくなって、寂しくて、涙で視界が滲んでくる。
そのせいで彼がどんな反応を示したのかは見えなかった。

―――もう、どこにも逃げる場所なんて無い。

私はここで、終わりなんだ―――


みんなの傍を離れなければ良かったかな?
そうすればもう少し長く生きられたかな?

この期に及んでそんなどうでもいい思考が働く。


―――でも、これでよかったかもしれない。

彼の手で最期を迎えられるなら・・・・・・・


「ねえ、最期に教えて・・・・・」

涙に声を震わせながら、望美は告げる。

「あなたは・・・・・・本当に知盛なの・・・・?」


返答を静かに待つ。その間にも火は徐々に二人のいる場所へ迫ってくる。
銀が返答しなければ、望美はこのまま焼死してでもこの場にいるつもりだろう。

何よりふいに銀を見上げる望美の涙に濡れた瞳は・・・
心の底から「彼」を求めていた。


やがて彼が根負けしたのか、ややうつむくと望美に確認するように言った。

「・・・・再度お尋ねしますが・・・・何のために、ここへ?」
「・・・・大切なものを、探しに。」
「・・・・・それは、見つかったのですか・・・・?」

望美は思わずはっとする。

銀と話していて気がつかなかったが、
先ほどの、目当ての物が見つからない焦燥感は当に消えていた。
むしろ、これ以上無いぐらいに――死を受け入れられる程に満たされている。
この満足感はどこから来るのか・・・・?

「・・・・・きっと、あなただよ」

そうとしか、考えられない。


「あなたに会いたくて、戻ってきたんだよ・・・・・知盛。」


泣き顔なのに、ひどく幸せそうな顔をして彼女は言う。
周囲で燃えさかる炎には余りにも不似合いな・・・・・
けれどその不似合いな所でさえ、彼女らしいと感じてしまう。


気がつけば、いつかの夜のように望美は彼の腕に包まれていた。
強く、強く・・・・・その存在を確かめるように、抱きしめられる。

「・・・・・やはり、同類だな・・・・」

耳元で低く呟かれるのは、ずっとずっと聞きたかった愛しい声。

「・・・・・ずっと・・・・・・お前に・・・・会いたかったぜ・・・・・」
「知盛・・・・・・っ!」

これまでで一番艶のある声でささやかれる。
彼の腕に包まれて、間近でその声を聞いたその瞬間が、
どの瞬間よりも幸せで。
この瞬間がいつまでも続けばいいと、思った―――


しかし、容赦なく迫ってくる炎と、騒がしくなってくる邸を囲む兵士達が、
その瞬間を否が応にも終わらせる。

「・・・・・・久しぶりの逢瀬もここまでか・・・・」

名残惜しそうに腕を放すと、望美の頬に手を添え、一瞬その唇を奪う。

「――・・・・!?!?」
「クッ 戦神子とまで呼ばれるお前が口付け如きで動揺するとはな・・・」

「ち、違うわよ!!!」と全力で否定しつつ、再度銀――知盛を見やる。

「・・・・・やっぱり一緒には行けない・・・・?」
「・・・・無理、だろうな。・・・・状況が違っていればあるいは・・・・」
「え?」
「・・・・何でもない。」

燃え落ちたどこかの木が崩れる音で
後半の言葉を聞き取ることはできなかった。
しかし知盛はそのまま背を向けると、銀として初めて逢った時の様に
望美の腕を引いて前を進む。

「え、ちょ、知盛・・・!?」
「ここで焼け死にたいというなら止めはしないぜ?」
「じょ、冗談じゃないわよ!!」

燃えさかる邸の中を早足で移動していくと、
途中まで来た所で彼が急に立ち止まる。

「・・・・・最期に戦う相手がお前じゃないのはひどく残念だが・・・・」
「・・・・・知、盛・・・・・?」

「・・・・神子、お前の仲間はここからどれくらいのところにいる。」
「そう離れてないはずだけど・・・・・」
「そうか・・・・」

クッ、といつものように喉を鳴らすと、ふいにこちらに笑顔を向けてくる。

―――遠い西の果てで見た時と同じ、 嘲笑の混じった笑顔で・・・

しかしすぐにその表情を消すと、前を見据えたまま彼は言う。

「この角を越えたら邸を囲んでいる兵士に見つかる。
 ここから逃げられるか?」
「うん、大丈夫・・・・さっきもここから来たから・・・・」

―――何をする気なの?知盛・・・・・

「それは好都合だ―――行け。」
「え・・・そんな、嫌だよ!!まさかあなた―――!!」

「いたぞー!!銀様と白龍の神子だーー!!!」

うっかり出してしまった大きめの声が、傍にいた兵士に聞こえてしまった。

「・・・・・面倒なことしやがって・・・・とっとと行け。
 悪いがお前を守りつつ戦うつもりは無い。」

きっぱりと言い切りつつ、双刀を鞘から抜き放つ。

「嫌だよ、絶対に嫌―――」
「・・・・・俺の言葉を聞いていなかったのか?」

集まり始める兵士を前に、望美の耳にまた囁く。

「何が起こっても・・・・躊躇わずに進め、と。」

それがお前のいい所でもあるのだから、と。

囁かれた彼の言葉は残酷なまでに彼女の体を支配する。
従うこと以外を、許されない。


―――ずるいよ。

―――こんな時に、そんなこと言わないでよ・・・・・・!


兵士が集まりきる前に、ついに望美は走り出す。
行く手を阻もうとする兵士を切り伏せながら、望美はただ走っていく。
望美の意識に無い方向から弓で射ようとした兵士を―――


やはり、あの日と同じように

銀(しろがね)に輝く太刀が、切り伏せていた。


それに気付いて知盛の方を振り向いた望美はやはり涙顔で、
そんな顔のまま、集団の外まで一気に抜けると、
そのまま振り向くことも無く走り去っていった。


―――お前は、本当にいい女だったぜ・・・・・

小さくなっていく望美の姿を追いながら、そう思う。


―――じゃあな・・・・・・・望美。


目を閉じて、彼女の姿を静かに思い描く。


「し、銀様・・・・・」
「これは一体・・・・!?」

動揺する兵士の声に、再び目を開け、口の端を吊り上げる。

「見ての通りだが・・・・・わからんか?」

「わかりません!!なぜ捕らえるはずの神子を助け、
 我らを殺すのですか!!!」

兵士の憤りに大して反応することも無く、
ゆらりと兵士達を見回すと、にやりと挑発的に笑う。

「名乗ってやらねばわからんか・・・・・・俺は、「銀」などではない。」

「な、何と!?」


「我こそは先の太政大臣、平清盛が一子、平知盛である!
 平家の将たるこの首、取れるものなら取ってみるがいい・・・・・!」



「―――望美!!」

ずっと帰りを待っていたのだろう、望美の姿が見えるなり
朔が駆け寄ってきた。

「どこまで行っていたのあなた、こんなに傷だらけで・・・・」
「・・・・・・た・・・・・・っ」
「え?」

ろくに言葉を発することもできず、
そのまま泣き崩れながら朔にしがみついた。

「また・・・・・っ また・・・・・・・!!私、また彼を・・・・・・!!」

その後しばらくは、望美は
もうこの後涙が出ることは無いのではないかと思うほど泣き続けた。
他の八葉達も気を遣ってか、望美の泣き声がやむまで話しかけることは
しなかった。


一度ならず二度までも・・・・・・それも、同じ運命で・・・・!
どうしていつも止める事ができないのだろう・・・・
悔やんでも、悔やんでも、悔やみきれない・・・・・!

銀として共にいてくれた時間も、
平知盛として、敵として戦っていた時間も
どれも全てが愛しい。
あの人の全てが、愛しい・・・・・・

お願い、どうか私にあなたを救わせて。
一緒に、生きて、傍に、いて・・・・・



そして私はまた運命を遡る。
あの銀の太刀を求めて―――




完。

えー、まあ3話続きましたがこれが私の銀像(発売前)です。

記憶喪失ってのはちょっと違うと思うんですよね、
記憶なくしてなくても普段から彼は目上の人物に対しては
銀みたいな感じで接してたと思うんで
(演技派?)(そういうわけじゃ・・・)
・・・・でも今回、「何で知盛が銀なのか」というところに関しては
言及避けましたえへv(えへvじゃねえ!)
これはもうね、「何で壇ノ浦で死んだはずなのに奥州にいるんだよ」
くらいに謎な部分なので想像もし難いです。
(ちなみに漂流説は・・・・ーー;)
何となく衣装とかからして白龍が関わってんのかなーとか
思ってみたりもしますがまあ多分関係ないでしょう(ぇ)

十六夜発売まであとわずか、
発売後にまたこの話を読んで、
設定の違いに大爆笑したってください(笑)
お付き合い頂いてありがとうございました〜!



■ブラウザにてお戻りください■