銀の太刀
〜太刀は舞う〜

 


平家を倒した余韻に浸る間も無く、
頼朝に反逆の疑いをかけられ、鎌倉へ連行された望美達。
それでも何とかぎりぎりの脱出劇を展開し、鎌倉からは脱出できた。
九郎や弁慶の提案で奥州を目指した一行は、
朝比奈で一旦追っ手に追い付かれたものの、皆の協力でこれを撃退した。
それでも頼朝がまたいつ次の追っ手を向けてくるか知らず、
一行は一刻も早い奥州入りを迫られていた。

「皆、頑張ってくれ!衣川まであと少しだ!
 そこまで行けば追っ手を完全に振り切れる!」
「あの辺りは秀衡様の所領ですから。
 いかに頼朝殿と言えど、迂闊に手は出せないはずですよ。」

以前奥州で過ごしていたことがある九郎と弁慶が、
先頭に立って皆を案内していた。
なるべく急ぐのと、追っ手を撹乱する為を兼ねて
先程から随分と深い山道を行っていた。
確かに追っ手に捕まるよりは遙かに良いが、
望美には体力と精神の限界がそろそろ近付いていた。

「先輩、大丈夫ですか?」

自分でも気がつかないうちに足元までふらついてきていた。
その様子を見かねたのであろう、譲がひどく心配そうに顔を覗き込んでくる。

「あ、うん、大丈夫だよこれくらい・・・・あと、少しだもん。頑張らなきゃ!」

こんな所で皆の足を引っ張りたくは無い。
ただでさえ余裕の無い旅路なのだ、ここで自分一人の為に
皆の手を煩わせたくはない。
そう思って譲に笑顔を作ってみせたが、その表情にはやはり無理があった。
譲も望美の疲労をその表情から痛いほど感じていたが、
何より彼女の意思を無碍にしたくない。

「そう・・・ですね。でも、本当に無理そうだったら言ってくださいね。」
「うん、ありがとう譲くん。」

ともすれば倒れそうになる自分の体に何とか鞭を打って、
皆の足取りから遅れないよう必死についていった。

 

 

―――壇ノ浦から、もうどれくらいの距離を来たんだろう・・・・

ふと、何とはなしにそんな事を考えてみる。
本州の西の最果ての壇ノ浦にいたはずの自分たちが、
遙か東の鎌倉に連れられ、今度は北の奥州へ向かっているのだ。

―――長い、道のりだったなあ・・・・・

本当に。今まで、振り返る余裕も無かったけど。
今だってもちろん、そんな感慨に浸ってる余裕は無いはずなんだけど。

―――壇ノ浦で戦ったのは春の初め・・・・だったっけ・・・・

今は辺りの草木は色とりどりに色づき、すっかり秋の様相である。
それだけでも、壇ノ浦からここへ至るまでに
どれだけの時間が経過したのか一目瞭然であった。

―――もう、半年も経つのに、ね・・・・・

今でも、昨日の事みたいに覚えてる。

春の初めの壇ノ浦は、潮風が冷たかった。
でもあの日は・・・・本当に、空は澄み渡っていて。
青い空、碧い海、こだまする鬨の声。
並び立つ源氏の白い旗。波間に散らばる平家の赤い旗。

・・・・・・全てを見納めて、最後に波間に消えた、平家の将・・・・・・


「波の底にも、都があるらしいぜ・・・・平家の夢の都がな・・・・」

 

―――あるわけないじゃない、そんなの・・・・・!

にやりと不敵に笑いながらそう言った彼がありありと思い出されて、
ふいに目に涙がたまってくる。


「知盛・・・・っ」

名前を口にした事でさらに感慨が募り、
一度溜まっていた涙が堰を切ったように流れ出すと、
後から後から溢れてくる涙はもはや止める術が無くなってしまった・・・

 

 

「―――先輩っ!危ない!!」

譲の切羽詰った声と共に思い切り突き飛ばされた事で我に返る。

「・・・っ 譲くん!?」

直後、今まで望美がいた場所を一本の矢が飛び去っていった。
幸い、望美にも譲にも何の怪我も無かったが、
気付けば一行の間にはかなり緊張した空気が走っていた。

「望美さん、譲くん、怪我はありませんでしたか。」
「あ・・・はい、なんとか。」
「なら良かった・・・・・問題は、この状況をどう切り抜けるか、ですね・・・・」

こちらを気遣っていた弁慶が視線を戻した方向に目をやると、
行く手を阻むように立ちはだかっていたのは
朝比奈で退けたのとはまた別の追っ手だった。
それも、相手全員を片付けるには、多過ぎる人数。

「どうしますか、九郎。」
「・・・・くっ・・・・ やられたな・・・追っ手を撒く為に
 わざわざ獣道を選んだのだがな・・・」

ここまでか、と覚悟を決めたように俯いて目を閉じる九郎。
九郎が何か言おうとした瞬間に弁慶がすかさず口を挟む。

「ここまで来ておいて、
 今更君一人が犠牲になって済むとでも思っているのですか。」
「!!」
「君の事です。どうせ『自分を殺す代わりに皆は見逃してくれ』とでも
 言う気だったのではないですか?」

全て図星で言葉が出ない九郎。
そんな九郎に軽くため息をつきながら、
「失礼しますよ」と、やや集団の後ろの方にいた望美の手をひきつつ
九郎の前に出て薙刀を構える弁慶。

「全く・・・・君が今からそんな調子ではこの先思いやられますね。
 君一人が犠牲になったところで、頼朝殿から見れば
 僕らはもはや皆同罪なんですよ?」

言いながら、弁慶の目線は既に敵を真っ直ぐ捉えていた。

「・・・・弁慶さん?」

弁慶のまとう尋常でない雰囲気が不安になって恐る恐る呼んでみる望美。

「望美さん。必要最小限の道だけ何とか開きますから、後は全力で走ってください。
 秀衡様の治める衣川はもう目と鼻の先ですから。」

弁慶なりに、望美にもはや戦闘をするだけの体力が残っていないのを
見越した上での行動なのだろう。
しかしこちらを振り向かないまま淡々と述べられる弁慶の口調には、
恐怖すら感じるほどの落ち着きがあった。

「安心してください。僕こんな所で死ぬ気は毛頭ありませんから。」

否とは言わせない、半ば脅迫じみた勢いで「いいですね?」とたずねられると、
だまって首を縦に振る事しかできない。

「――では、いきますよ!」

急にぐっと激しく腕が引かれたかと思うと、
弁慶が武器を片手で構えつつ走り出していた。

「なっ 弁慶!!・・・・くそ!あの馬鹿!!」

やや遅れて、九郎や他の面々が走り出すのが聞こえた。

 


ガキィン!! キィン!!

「ぐわあぁっ!」

一人、また一人と行く手を阻む相手を切り伏せていく。
望美自身も時折剣を振るうが、その剣にいつもの鋭さは無かった。
望美が苦戦していた相手を弁慶が一撃の下に切り伏せると、
再びその腕を強く引いた。

「望美さん!こっちです!」
「は・・・・い!」

しかしいよいよ望美の体力も本当に限界が来ており、
弁慶に手を引かれていても足がもつれてしまいそうだった。
息は荒く、肺は潰れそうに痛い。

―――こんな事が前にも・・・・あったっけ・・・・・

あれは確か、そう。生田の戦いで・・・・・
一人、はぐれて平家の兵士に囲まれたんだっけ・・・・・

―――そして・・・・生田で私は・・・・・


―――初めて彼に、逢ったんだ―――

 

「――っっ きゃあっ!」

物思いをしながら走っていたせいか、
切り込んできた敵の刀を避けようとして剣で防いだ途端、
剣ごと体を弾き飛ばされて思わず倒れこんでしまった。
その時に、腕を引いていた弁慶の手も離れてしまった。

「!! 望美さん!!」
「白龍の神子、覚悟!!」

望美を守ろうと引き返してくる弁慶の行く手をまた別の兵士が阻む。
その為、彼女を敵の刃から防いでくれる存在は無く、
抵抗ができない彼女に容赦なく刃が振り下ろされた・・・・





ガキイィィィィィン・・・・・・・・





・・・・・・と、思った。

鼓膜が破れそうな程の金属音に思わず両耳を塞ぎながら、
恐る恐る目を開けてみる。

自分はどうやら、死んではいないらしい。
それどころか、斬り付けられてすらいない。
自分を傷つけるはずの刃はどこへ行ったのかと視線を上へ上げれば。



有り得ない人影が、そこにあった。

追い詰められた精神状態が、幻を見せているのかと思った。

・・・・・だって、今自分の目の前で、

・・・・・・・・・・・忘れるはずも無い、あの双刀を構えて、敵の刃を防いでいる、

・・・・・・・・銀(しろがね)の髪を持つ男は。


「こ・・・の・・・・・!」

双刀の男が今度は望美を襲った兵士の剣を弾き飛ばすと、
次の太刀で一撃の下に切り伏せた。

「ぐあああ!!」

地に沈む兵士には目もくれず、また望美にも背を向けたまま、
双刀の男は視線だけを望美に投げかけながら言葉を発した。


「―――神子様。今しばらく、私の傍から離れぬようお願いいたします。」



彼の剣の腕は相当だった。
どんな方向から斬り付けられても、確実にそれに返す太刀か、
次の太刀で敵を確実に仕留めていた。
全く無駄の無い動き。鋭く弧を描く二つの太刀筋。

―――彼と、同じ・・・・・・・

先程短く発せられた言葉を紡いだ声も、わずかに違いはあれど
彼と酷似、いや同じだった。

未だ、信じられない。
かつて自分に向けて振るわれていたこの双刀が、
今は自分を守る為に振るわれているという現実が。

彼はあれから何一つ言葉を発しない。
余裕が無いからではなく、無駄な事を話さないようだった。
ただ望美が遅れを取らないように、時折こちらを振り返る程度だった。


どれほどそうしていただろう、ようやく敵の切れ目が見えてきた。
双刀を構えていた男はそのうちの一振りを鞘に納めると、
「こちらに」とまた短く告げて望美の腕を優しく引いて走った。
少し走ると、先程の場所からは少し離れた開けた場所に出た。

「ここまで来ればもう安全です。・・・・お怪我はございませんか、神子様。」

―――同じなのに、違う・・・・?

「・・・・知盛・・・・?変だよ、さっきからその言葉遣い・・・・」

いやな予感が当たらなければ良いと思った。
これが彼の演技であれば良いと思った。

「・・・・・『知盛』・・・・?」

男は訝しげに言葉を返すと、困ったように視線を逸らした。

「・・・・知盛、でしょ・・・・?」


しかし次の瞬間男の口から発せられた名は、望美のわずかな期待を
音を立てて容易く崩していった。


「・・・・・私は、銀(しろがね)と申す者です。」


しばらくの間、絶望のあまり言葉を発する事ができなかった。

こんなに似ているのに、何もかも、同じなのに。

・・・・別人、なんて・・・・・・



やがて後から追いついてきた弁慶や九郎にも、もちろん銀は詰め寄られた。
知盛にあまりにもよく似ている容姿、声。
皆が不思議に思うのは当然だった。

だがそれに対しての答えが、望美の期待を完膚なきまでに打ちのめす。


「私は、奥州藤原の者。あなた方の敵ではありません。」


受け入れたく、なかった。

別人だなんて、信じたくなかった。

・・・・・でも、信じるしか、ない。

彼は本当に違うのだから。



こんなにも、似ているのに―――


続。

最初は譲で、次は弁慶で、最後は銀においしいところ持ってかれてる
かわいそうな八葉たち(うわぁ)
いや、書いた作者はそんなつもりは微塵も無くて!!
ただ書いているうちにそうなっちゃったという・・・!!!
銀の戦闘姿を生き生きと書きたかったというのが
一番の目標だったんですが
所詮私に躍動感の描写は無理だった○TL
譲出てくるの初めてじゃないかな(うわぁ) 弁慶が無駄にかっこ良くなった(みぎゃあ)
そして図々しくも続いたりします。



■ブラウザにてお戻りください■