おひさま
第1話 かごめとりん
殺生丸さま…
りんはね、りんはね、
殺生丸さまに笑ってほしいの…
「!」
銀白の髪をなびかせた妖が、にわかに顔をこわばらせた。
流麗で整ったその顔には
いつも冷たい氷のような表情があった。
だが、今は違う。わずかだが、違う。
彼をとりまく状況が、いつもと変わらぬはずの状況が、変わった。
――奴のにおいが…変わった―――
意識を失わせたはずの相手が、向かってくる。
もはや戦うことしかできぬ「喜」の塊が。
彼の名は、殺生丸と言った。
そして今、殺生丸に向かってくるのは、彼の異母弟・犬夜叉と言った。
異母弟の犬夜叉は半妖だが、命の危険に陥ると妖怪の血が覚醒する。
しかし妖怪の血が勝っている間は犬夜叉に心の変化はない。
あるのは、敵を切り裂く「喜び」だけ。
しかし気のせいだろうか?
変化の回数を重ねる度、この「喜」の塊は強くなっている。
抑制が効かなくなっているという事か。
確実に犬夜叉の心は妖怪の血に食いつぶされているということか。
「ちょこまかと逃げてねえで・・・まじめに相手しやがれ!!」
ドゴン!!!
威力の倍増した拳が殺生丸に炸裂!…したかの様に見えた。
しかし殺生丸は優雅な動きでそれをかわす。
「どうした犬夜叉よ。それで本気か?」
挑発された犬夜叉がさらに攻撃を続ける。殺生丸はそれをかわしつづける。
辺りの地面はもう穴だらけだ。
そして、戦っている二人を、見ている者達の方が心配げに見つめる。
「かごめちゃん!早く犬夜叉に鉄砕牙を持たせなきゃ!」
「わかってる・・・・・・でも・・・・」
「今の状態では、近づいても巻き添えにされるのがオチですな。」
「じゃあどうすればいいんじゃ!犬夜叉はあのままでは殺生丸にやられてしまうではないか!」
そして・・・もう一方の茂みでも・・・
「殺生丸さまが押されてる・・・」
「愚か者。押されておるのではなくて、わざと押されているフリをしておるんじゃ!」
「・・・・・・・殺生丸さま、死なないよね。生きて帰って来るよね邪見さま。」
「フン!犬夜叉程度に殺されるような殺生丸さまではないわ!」
そして決着の時―――!
「貴様はおとなしく・・・半妖らしく散れ!」
ドオォン・・・闘鬼神が振り下ろされる。
「犬夜叉―――!!!」
危険だとわかっている。ひょっとしたら死ぬかもしれない。
でもその時のかごめはそうせずにはいられなかった。
鉄砕牙を持つと、一目散に犬夜叉の所へ走った。
ある程度まで近づいた所で、犬夜叉にそれを投げた。
「(お願い!間に合って―――!!)」
悲痛な願いが通じたのか、犬夜叉は飛んできた鉄砕牙を持ち、
闘鬼神の刃から身を守る事に成功した。
そして犬夜叉の体から妖気が引いていく・・・
「よくもオレをコケにしてくれたなぁ殺生丸。
もう容赦しねえぞ!!」
「フン・・・今死んでおけばよかったものを・・・」
次の闘鬼神が来る・・・それを犬夜叉は狙っていた。
一度途切れた所に新たに流れ込む妖気の通り道・・・
それがそのまんま爆流破の通り道だ!!!
「今度こそ往生するがいい!!」
「そこだ!爆流破ぁ!!!」
妖気の渦が殺生丸を直撃した。今度こそは避けられなかった。
「(終わった・・・・か・・・?)」
「犬夜叉!大丈夫だった?」
「ああ・・・また・・・オレ変化したのか・・・」
安堵の雰囲気に包まれる犬夜叉一行とは裏腹に、茂みで一部始終を見ていた者達は
悲痛な感覚に襲われた。
「せっ 殺生丸様〜〜〜!お待ち下され〜〜!!」
「邪見さま!!殺生丸さま大丈夫だよね!?死んでないよね!?」
半ば混乱しそうな、泣きそうな顔で邪見に聞くりん。
あれほどの大技をまともに食らったのだ。死んでいても不思議ではない。
「急いで追いかけねば・・・!?」
その時、何かが起こった。
「いいこと!これからは何があってもどんな事になっても刀だけは手放しちゃだめ!!」
「わかったって!だから心配す・・・!?」
突然、地面に異変が起こったのだ。大地が避け、大きな溝の中にかごめは落ちてしまった。
「犬夜叉―――!!」
「かごめ――!!!」
手を伸ばすが遅かった。
深そうな溝である。助かるか・・・・
「追おう犬夜叉!今すぐに!!」
一方溝の下・・・
奇跡的にかごめは助かっていた。
「あれ・・・あたし確かおちて・・・」
「いきなり人の上に乗って思考を始めるでないわ!!」
「きゃっ!?」
なんと、幸運な事にかごめは同じく溝に落ちた飛竜の上に落ちたのだ。
正確には、飛竜に乗っていた邪見の上に、だが。
「あなた達も落ちたの?」
「小娘に応える義理などないわ!」
「ふーん・・・(落ちたって素直に言えばいいのに)」
「邪見さま、知り合い?」
ふと声の方向に顔を向けると見知らぬ顔があった。
――――あれ、殺生丸ってこんな女の子連れてたっけ・・・?―――
「あなた・・・名前はなんて言うの?」
「あたしね、りんって言うんだよ。おねーちゃんは?」
「あたしはかごめ。知り合いってほどでもないんだけど・・・腐れ縁ってやつかな。」
どうやら小さい子供には弱いかごめである。不思議と打ち解けてしまっている。
邪見にしてみれば「またいらんのが増えた・・・」という悩みの種でしかないが。
「ねえ、あたしも乗っていいかな。あたしも早くみんなの所に帰りたいし・・・」
「うん、いいよ!邪見さまもいいよね!」
「これ!勝手に話を進めるでない!何でそんな娘まで・・・」
次の瞬間、何かがかごめの手により邪見に炸裂した。
「乗・せ・て・く・れ・る・よ・ね・?」
「うっ・・・・しっ 仕方ないのう・・・」
飛竜に乗って空に出た一行はそれからずっと声が途絶える事はなかった。
「りんちゃんは何で殺生丸と一緒にいるの?」
「りんね、殺生丸さまに助けてもらったんだ!でも、りんにはどこにも行く場所がないし、
りんが安心していられるのは殺生丸さまの側だけなんだもん・・・・・」
「(あの殺生丸がこんな気持ちを他人に抱かせるなんて・・・・一体何が起こったの!?)」
「村のみんなは誰もりんに構ってくれなかった。
でも殺生丸さまは違った。みんなに殴られた顔を見て気にかけてくれたもん。
しかも「理由が言えないなら言わなくていい」とまで言ってくれたんだ!
りん、すごくうれしかったんだから!!」
「そう・・・(あの殺生丸が・・・そんなことを・・・・)」
考えられない。想像もつかない。
殺生丸が人間に情けをかけるなんて・・・・・
「・・・・・・・だから、りん、殺生丸さまに生きててほしいな。
殺生丸さまが死んでしまったら、・・・・りん・・・・もう本当に・・・・居場所なくなっちゃう・・・・」
気が付くとりんは大粒の涙を流して泣いていた。
両手で必死に涙をぬぐいながら、「殺生丸さま・・・・」と繰り返しながら。
・・・お願い。りんを置いて行かないで・・・
りんの悲痛な心の叫びはいたいほど伝わってくる。
――私だって、同じ気持ちには何度もなった。――
「犬夜叉、どうか生きていて」と何度祈った事か。
「大丈夫よ、りんちゃん。殺生丸は絶対に生きてるから。」
「ほんと!?」
「ほんとよ。だから、安心してね。」
「うん!」
「(だって犬夜叉は・・・・・殺生丸を殺せないもの・・・・)」
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