戦の華

 

 

――遅かれ早かれ、平家は滅びるだろうさ――

兄、重盛が病に倒れこの世を去った時から、
知盛は何となく予感していた。
父が唯一心の頼みとし、その言を受け入れてきた長男。
彼以外の忠告になど耳を傾けようとしなかった父だ、
彼が亡くなった今、父は己の独断のみで事を進めていくだろう。

事実、そうなった。
重盛がいた頃はまだ抑えられていた怨霊作りも、
怒涛の勢いで進んでいった。
後に熱病で死んだ自らも怨霊として復活したほどだ。
そして死した身内を次々と怨霊として蘇らせていった。

――あぁ、最早この父は狂っている――

子供の姿で蘇ってからというもの、
その行動は徐々に常軌を逸していった。
彼が最早「人」と呼べる存在でない事はわかっていたが・・・
重盛なくして、彼に率いられている今の平家は、
最早滅びの道しか残されていないと、はっきりと実感した。

――今更抗ってもこの運命は変えられないだろうし、
   その為に面倒な思いをするのはかえって損じゃないか・・・

ならば、と、彼―知盛は含み笑いを浮かべながら、
「狂ってしまった」父を見つめるのだった。

――せいぜい、残り少ない時間を楽しもうじゃないか・・・
   「戦」という宴をな・・・・


――惰性で続く永遠よりも、最高の快楽を得る刹那を求めて――



「全く・・・だから嫌だったんだ、生田神社の守備は・・・」

読んだ通り、源氏の主勢力は還内府の守る一の谷方面へ向かったらしく、
知盛の配備された生田方面へは陽動部隊と見られる
雑魚ばかりが現れた。
切り結んでみれば、どいつも大した手応えも無く倒れていく。

「今頃一の谷の方は、さぞかし面白くなっている事だろうよ・・・」

本当につまらなさそうに言い捨てながら、
また一人双刀の元に切り捨てていく。

――俺が自らの人生と引き換えに選び取ったのは、
   こんなくだらない雑魚と戦う為じゃない。

   戦場と言う「舞台」で、俺が心の底から楽しめる、
   最高の「舞手」に出会う為――

「・・・まあ、出会うまでの時間が長ければ長いほど、
 出会えた時の感慨はひとしおなんだろうがな・・・・」

うっとりとした恍惚の表情で一の谷の方向を見やる。

――さあ、早く来いよ、源氏の武者ども。
   お前らに俺を楽しませる事ができるか・・・?

「知盛殿!帝、尼御前、それに還内府殿は既に沖に逃れられました!
 知盛殿もお早く船へ!!」
「俺の事はいい・・・逃げたい奴は勝手に逃げろ。
 俺はまだ去るわけには行かないんでな・・・」

部下の兵士が何か言っていたが知った事か。
俺は平家の為に戦っているわけじゃない。
未だ満たされぬ己を満たすに相応しい相手と戦う為――
俺は戦場を選んだのだから。


その時だった。

まばゆい閃光の筋が、徐々にこちらに近づいてくるのが見えたのは。


「あれは・・・?」

「あれは・・・っ 三草山で見た光と同じだぁっ!」
「あれじゃ怨霊が役に立たねえ・・・」
「俺達に勝ち目はないぞ!?」
「にっ、 逃げろぉぉっ!! あいつだ、神子だ、
 源氏の神子がすぐそこまで・・・!!」

雑兵や怨霊使い達が怖気づいて我先に逃げ出し始める。

「源氏の神子、か・・・・少しは楽しませてくれるといいがな・・・」

やっと来た源氏の主勢力、それも怨霊を使う平氏には天敵とされる
源氏の神子が自らやってきたのだ。
三草山での神子の活躍ぶりは聞いていた。
そしてその噂を聞いた時から、
是非とも手合わせ願いたいと願っていた相手だった。

生田神社の本堂付近で守備をしていた知盛は、
神子を迎えるべくその歩を進めた。


 

「こ・・・んの! 邪魔しないでよ!!」

ザンッ!! シュウウウウウ・・・・

「急いでるんだから・・・っ!!――はぁっ!!」

ドシュウッ・・・・シュウウウ・・・・・


生田の森の入り口付近まで来た時、「それ」が見えた。

姿こそは可憐な少女のそれだが、
振るわれる剣は並み居る怨霊を次々に切り倒しては、封印する。
護衛の男達に守られながらも、駆け抜けるその足を止める事はない。

――勇ましいものだな、源氏の神子というのは・・・
   下手な武士よりも、よほど手応えがありそうだ・・・・

やがて生田神社へ通じる道の最後の妨げとなっていた
怨霊を封印すると、真っ直ぐにこちらへ向かってきた。

「・・・・お前が、源氏の神子か?」

「・・・・っ あなたは・・・・!?」

「くっ 聞いて何になる?
 立ちはだかる者は容赦なく斬るのが源氏の神子じゃないのか?」

少なくとも、噂を聞いた限りで受けた源氏の神子の印象はそうだった。

「・・・・まあいい・・・
 俺は平 知盛。この生田神社の守備を任されているが・・・」

スラリ・・・と双刀を抜き、既に抜刀状態だった神子と間合いを取り、構える。

「今更俺一人が何をしようとこの戦での平家の負けはわかっているさ・・・
 だが俺は、源氏の神子であるお前と剣を交えてみたい・・・」

既に怨霊との連戦に次ぐ連戦で、体力的にきつい望美と裏腹に、
やっと現れた「源氏の神子」を前にして挑発的に哂う知盛。

「そんな・・・! 私は楽しんで戦ってるわけじゃない!!」

「どうだろうな・・・少なくとも俺には――」

途中まで言って、双刀を構えたまま望美に迫る。
急な出来事だったが、望美は何とか刀でそれを顔の前で防いだ。

「さっき怨霊を封印して回っていたお前の顔は、
 生き生きしているように見えたぜ・・・?」

あくまで挑発的に言う。
戦いに乗り気のしない彼女を、本気にする為に。

「そんな事・・・・・」

彼女の瞳が動揺に一瞬揺れる。
しかし一旦顔を背けた後、強くこちらを睨んで否定した。

「そんな事、あるわけない!!」

キィン!!

強い金属音と共に、彼の双刀をはじき返した。


――ああ、その瞳(め)だ――

誰にも満たされ得なかった筈の彼の心が、
やけに耳に残る今の金属音と、
真っ直ぐ自分に向けられる望美の強い視線によって
これ以上にないくらいの高揚感を覚える。

――その瞳こそが、その剣こそが――

「ほう・・・やっとその気になったか・・・?」

「どうしても戦いたいというのなら、相手になるわ。
 私は楽しんで戦っているんじゃないって事を、証明してあげる。」

「上等だ・・・源氏の神子ならばそう来なくちゃな。」

――この俺を、戦という美酒に酔わすに相応しい・・・!!――

二人の間に、再び剣戟の音がこだまする。
先程のような静かなものでは最早なく、
激しく、時に迫り時に離れてはまた迫る、息のつく間もないものだった。

「はぁ・・・っ はぁ・・・っ」

「どうした?息が上ってるぜ源氏の神子・・・
 それとも余りに楽しすぎて興奮しているのか?」

「・・・っ!! 違う!!」

望美が立ち止まる度、知盛は望美を挑発してまた剣を誘う。
しかし次第に望美の体力が限界に近付いているのは
もう誰が見ても明らかだった。
それでも躊躇わず自分に向かってくる望美のその姿勢と剣、そして何より
見た目とは裏腹に全く衰えを見せないその瞳の強さに
知盛は少なからず未練を覚えた。

最後に双方の剣が交わった時に、知盛は望美に顔を近づけて言った。

「・・・・今のお前をここで殺す事は実に容易い・・・」

「・・・・っ」

「・・・・だが、お前の様な武者が源氏軍にそういるとは思えんからな・・・
 ここで殺すには実に惜しい・・・・」

フ・・・とうっすら笑うと、ガキィン!!と一際大きな金属音を鳴らして
望美の剣をその体ごと弾き飛ばす。

「く・・・っ!!」

「それに、これ以上はお前の護衛が黙っていてくれそうにもないしな」

言いながら知盛はさっさと双刀を鞘に収めていた。
知盛の言葉にふと視線を上げると、
八葉達が望美をかばうように集まっていた。

「勝負はお預けだ。
 ・・・・また会おうぜ、源氏の神子・・・・」

実に満たされた表情で彼は言い残した後、悠々とその場を去っていった。


 

――久しぶりに、良い戦いだった・・・
   先程は戦う前から体力の消耗があったものの、
   本気で戦う事ができればどんな戦いができることやら・・・・

想像するだけで、軽く震える程の興奮を覚える。

――源氏の神子――噂以上、だな。
   是非とも、また戦場で会いたいものだ。
   あの女の事だ、その時までには更に腕も上がっているはず・・・

これまで、ただつまらないだけだった戦場に、
この上ない楽しみができた。
何の意味もなくただ雑兵たちを切り捨てるのでもなく。
何の快感も味わえずに敵の大将を討ち取る事でもなく。

・・・・・・ただ一人の戦神子と戦う事――


――いずれ平家が滅びる時に・・・・
   あの源氏の神子と最後に戦えるのなら、
   これ以上のことはあるまい――

「・・・まあ、それまであの神子が生きていれば、だがな・・・」

そう独りごちて、知盛は福原を後にした。


完。

発売後初の二次創作がいきなり知盛神子で、
しかも若干捏造です・・・(−−;
・・・セリフを覚えてないというのももちろん理由の一つですよ!!

シーンとしては、2週目以降の福原での知盛イベント前後。
これでもかというくらいに八葉にスポットが当たってませんが
スポット当てると話がややこしくなるので・・・−−;
知盛神子ですから!ええ!!

・・・しっかし話が最後のほう突飛過ぎますかねえ・・・・(今更遠い目)
あ、途中の「惰性で続く永遠〜」の辺りはもちろんあのお方の歌が元ネタです(笑)
だからピッタリなんですって!!

■ブラウザにてお戻りください■