お前で、よかった・・・
他の神々の面々との挨拶も終わり、いよいよ出口へ行こうとする一行。
一行の最後尾にいた皇雀に山吹丸が声をかける。
山吹丸 「皇雀・・・・」
皇雀 「山吹丸・・・・」
山吹丸のどこか寂しそうな声に、皇雀は反応に困る。
まるでその声は「行くな」と言わんばかりだったから。
山吹丸 「・・・行くん・・・だな・・・・いよいよ」
皇雀 「・・・うん・・・」
俺としたことが、なんてことを・・・わかりきってるのに!そんなことは!
こっちに残るなんて有り得ない、どっちの都合を考えても・・・
俺が聞きたいのはそんな事じゃない!コイツを困らせることなんて、
今更聞きたくない!したくない!!・・・なのに・・・
コイツを笑顔で送ってやることは、俺にはどうしてもできない・・・
顔を伏せながら、何とか山吹丸は言葉を紡ぎだす。
山吹丸 「・・・よかった、じゃねえか。こっちのことは、心配、いらねえから・・・
・・・行って来いよ。・・・もう俺の手の届かないところへ・・・」
皇雀 「そんな風に言われたら行けないじゃない!!
・・・私だって言いたくないよ・・・
今までめいいっぱい迷惑かけて、親切にしてもらって・・・
そんな貴方に、私『さよなら』なんて言いたくないよ!
・・・一番、言われたくなかったこと、言わないでよ・・・・
私だって貴方にもう会えないなんて、すごく嫌だよ・・・」
たまらなくなって泣き出す皇雀。はっとして顔を上げる山吹丸。
・・・なんてこと考えてるんだよ俺は・・・この期に及んで・・・
コイツに、そう言って欲しかったなんて・・・『さよなら』なんて言いたくないって・・・
俺はどうして、どうしてコイツを困らせて、泣かせることばかり・・・っ
山吹丸 「・・・っ 早く行けよ!
これ以上ここにいたら・・・俺お前に何するかわからない・・・!」
どうすることもできなくなって、つい乱暴に話をきろうとした。
山吹丸 「頼むから早く行ってくれ・・・俺がどんどん惨めになっちまう・・・
もうこの期に及んでお前を苦しめたくない、
・・・ただあいつの後姿だけを見ていて欲しいのに・・・
そう思えば思うほど・・・・っ抑え切れなくなる・・・っ」
背を向けて拳をきつく握り締める山吹丸。
その後姿を見ていると、皇雀はますます切なくなってくる。
・・・なんだか私、凄くずるいんじゃない?
本当にずるいよ私・・・
あれだけ一生懸命だった彼を・・・何も知らなかった私にあれだけしてくれた彼を、
こんな形で裏切ろうとしてる。
私、ずるいのに・・・それでも私、やっぱり苦楽夢が・・・っ
彼には悪いと思ってるのに、私後悔してないんだもの・・・
私って本当に、すごくずるいよ、でも・・・っ
皇雀 「ごめんなさい・・・ごめんなさい山吹丸・・・
私、貴方の事は本当に大好きなんだよ?
初めて会ったときからずっと・・・そばにいてくれて。
つらいときとか、泣きたい時とか、いつも励ましてくれて・・・
・・・・・でも・・・・でも私・・・・
わた・・・し・・・どうし・・・ても・・・!」
・・・泣かないでくれよ・・・俺の為に、涙なんか流さないでくれ・・・
俺は、お前に泣いて欲しかったからここに来たんじゃない。
・・・もう二度と会えなくても、最後にお前が笑ってくれさえしたら・・・
お前の笑顔さえ見れば、この迷いも何もかも吹っ切れると思ったんだ。
・・・最後でいい・・・・俺の為に笑ってくれ・・・・
泣きじゃくる皇雀の頭をくしゃっとなでる山吹丸。
山吹丸 「・・・いいよ。お前の気持ち、わかってるつもりだから。
これでもお前との付き合いもう結構長いんだぜ?」
わかっていながらこんなにも苦しめて。
・・・・俺のほうこそ、謝らなきゃなんねえのに。
軽く一息ついて、苦笑しながら
涙目で見上げてくる皇雀を見つめる山吹丸。
山吹丸 「・・・そうだ。最初から、わかってたんだ。
苦楽夢と皇雀の『二人』を初めて見たときから。
・・・『俺は適わない』・・・ってな。でもそれでも・・・・
無理矢理にでも欲しくて、奪ってしまいそうになる自分が嫌で・・・
何度も悩んだ。何度も苦しんで、お前の事想う度胸が痛かった・・・」
今だから言える。俺の本当の気持ち。
・・・お前の涙が、哀れみの涙じゃないってわかったから。
山吹丸 「ふっ お前だってひどいぜ?
そんな壊れそうな俺にあんな笑顔を向けて・・・
いっそその笑顔に心を委ねてしまいたかった。そうすれば、
この胸の痛みも消える。・・・でも、できるはずねえじゃんよ。
お前が欲しいのは苦楽夢、ただ、一人なんだから・・・
生殺し、ってのはまさにこのことだな。」
一言一言、話すたびに心の重荷が外れていく。
・・・お前を苦しめようとして言ってるわけじゃない。
俺自身の心に整理をつけるため、・・・けじめをつける為。
山吹丸 「そりゃ確かに一時は苦楽夢が憎い時期もあった。
嫉妬、ってやつなんだろうな。・・・情けねえけどよ・・・
適わないのはわかってるのにさ。
・・・だから余計なんだろうな。
自分に無いものを持っていて、それがお前を惹きつける。
正直今でも羨ましいんだぜ?」
少し照れ隠しに笑いながら、ふぅ、っと一息つく。
山吹丸 「・・・でも。
今は――俺は誰も恨まねえし憎まねえ。・・・・だって、
何が嬉しくて惚れた女の泣き顔見るような真似、しなきゃなんねえんだよ。
惚れた女を泣かせたいなんて思う野郎なんざ最低だろうが。」
まだ泣き止まない皇雀を安心させるように、柔らかなな微笑を向ける。
そして手を差し伸べて、涙をそっとぬぐってやる。
山吹丸 「・・・だからそんな顔すんなって。
お前が幸せなら、その笑顔が俺の幸せに繋がるから。
だから、行って来いよ。胸張って、振り返らずに走っていけばいい。
つらい時は、あいつが全部受け止めてくれるから。」
皇雀 「山吹丸・・・」
・・・やっと、吹っ切れそうな気がする。
あいつと一緒なら、お前はきっと笑ってくれる。
俺は・・・お前の笑顔を、ずっと見ていたい。
ようやく泣き止んだ皇雀の背中をポン、と軽く叩いて、
「行って来いよ」と促す。・・・「振り返るな」と。
皇雀 「ねえ・・・一つだけ、聞いていい?」
山吹丸 「ん?いいぜ?」
皇雀 「これからも・・・『仲間』でいてくれるよね?」
山吹丸 「・・・え?仲間?そりゃ当然だろ!
俺とお前が出会ったのは、好きだの嫌いだの以前の問題だろうが!
これからは『良き仲間』として、力が必要な時には面倒見てやるからさ。」
「安心しろよ」と、親指を立てて軽く右目を閉じる。
皇雀も安心して、やっと笑顔を見せた。
・・・ありがとうな・・・・それが見たかったんだ。
もう、悔いはねえよ。
ふっと笑って、歩き出した皇雀に右手を軽く振る。
「・・・じゃあな!」
やっと、笑顔で送ってやれるよ。
・・・・・絶対、幸せになってくれよ。あいつと・・・
最後に、言わせてくれ。
俺が最初に惚れたのが、お前で本当に良かったと思う。
他の誰でもない、お前で・・・