小さな恋の歌
野営地から少し離れた場所に戸土が独りで丸太に座っている。
後ろから驚かそうと、奈津が静かに近づいていく。
奈津 「戸ー土ちゃんっ!」
戸土 「きゃっ あ・・・奈津様ですか?」
奈津 「どうしたのよ。こんな夜更けに」
戸土 「・・・あの・・・起こしてしまいましたか?」
奈津 「うぅん、全然。ただ私が自分で起きて来ただけだから。
眠れなくてね・・・」
戸土 「そう、ですか・・・」
奈津 「・・・ってちょっとあなた!?
今気付いたけど最近ちゃんと寝てるの!?」
戸土 「え?ね、寝てますよちゃんと・・・」
奈津 「いいえ!嘘ね!!顔色も悪いし、眼の焦点も合ってなーい!」
戸土 「・・・私は元々眼でものは見ていないので・・・」
奈津 「あ・・・ごめん・・・でもとにかく、何で寝てないの!?」
戸土 「・・・それは・・・」
奈津 「何?なんか悩み事?私でよければ、相談に乗るわよ。」
戸土に優しく微笑む奈津。
その笑顔に促されたのか、戸土はぽつりぽつりと語りだす。
戸土 「・・・毎晩、眠れないんです。以前までこんなことは無かったのに・・・」
奈津 「どうして?私たちの仲間になってから?」
戸土 「・・・はい・・・
私は、心でものを見ていると言いましたよね。
心でものを見るということは、そのものの発する気配を感じ、読むこと。」
奈津 「そうね。」
戸土 「ですから、私には皆様の誰か一人の気配に変化が起こっても、
感知できるんです。」
奈津 「へぇ〜!それは凄いじゃない。・・・でもそれが関係あるの?」
戸土 「・・・毎晩、一人気配がなくなる方がいらっしゃるのです・・
その方のことを思うと、無事に帰ってこられるまで安心できなくて・・・」
奈津 「・・・毎晩でかける・・・?誰かしら・・・」
戸土 「何をなさっているのかはわからない。でもきっとそれは
私などは知る必要の無いことだと、あの方は言われるのでしょう。
ですからあえて聞くことはいたしません。・・・・ですが・・・」
奈津 「気になって夜も眠れない、と・・・
全く誰なのよそいつ!こんな可愛い女の子心配させといて平気なんだから!」
戸土 「あ、あの・・・違うんです・・・悪いのはあの方ではなくて私なんです。
私が勝手に・・・頼まれもしていないのに、ただ落ち着けないだけで・・・」
奈津 「戸土ちゃん・・・わかったわ。
でも本当に誰?「知る必要は無い」って、いっつもそう言うのその人は?」
戸土 「必要以上にご自分の領域に他人に入られるのをひどく嫌われるご様子です。
恐らく普段から、誰もあの方の心などに入ってくることが出来ないから、
余計なのでしょうけれど・・・」
奈津 「・・・紅腕狼か、あるいは・・・まさか異母兄様なんてことは・・・」
はは、と一瞬笑った奈津だったが、戸土の表情が変化したのに敏感に反応して、
驚いて慌てて笑いをとめる。
奈津 「・・・・ほんとに?まさかほんとに異母兄様が・・・?」
戸土 「・・・どうかわからないんですけど・・・その・・・
何というか・・・」
奈津 「・・・信じられない・・・一体、どこに惹かれたの?
そりゃ見てくれはちょっといいかもしれないけど・・・
眼でものを見ない貴方には関係ないものねえ・・・
でも心はまるで阿修羅のように冷徹なはずだし・・・」
戸土 「私も初めはそうだと思って、それなりに接していました。
でも・・・燃える前の私の『聖域』の中で眠るなんて、
本当にただの阿修羅ならばできるはずもないことなんです。
そしてあの燃える森から私を助けてくださったのは、他でもないあの方・・・」
奈津 「隠された優しさ、ってやつなのかなぁ・・・そう、異母兄様が・・・」
戸土 「『死んでしまいたかった』と言ったら、
『そうやって逃げることしか知らん奴に、選択の権利など無い』と
言い切られました・・・言葉は確かに冷たいのですけれど、
あの時はとても・・・生きる気力を頂いたような気さえしました。」
そして戸土は苦笑しながら「私は変なのでしょうか?」と言った。
奈津 「変よ。凄く変。」
きっぱりと言い切る奈津。しかしやがて柔らかい笑みをしながら言った。
奈津 「・・・でもいいじゃない、それが素直な気持ちなんだから。
誰かを好きになる気持ちって、すごく大切よ。
これから先、いろんな事があると思うけれど、・・・逃げないでね。
異母兄様の性格があんなだから、協力すると言ってもしづらいかもだけど・・・
でも努力は惜しまないからね!
私にとっても、異母兄様を知るいい機会になるかもしれないし、
これからもどんどん相談してね!」
戸土はおずおずとうなずく。そして奈津が「あ!」と思い出したように言う。
奈津 「ごめんごめん、今の言葉誤解しないでね。
私の場合はあくまで『身内』としてだから。
友達の恋敵になろうなんて思ってないから、安心して!」
戸土 「奈津様・・・!」
泣きそうになる戸土の背中を、とんとんと叩いてやる奈津。
やがて遠くから人影が帰ってくるのが見える。
奈津 「あれ?あれは・・・ふふっ
私はいないほうがいいかもね。じゃ、頑張ってね。」
戸土 「えぇ?あの、今協力してくださると・・・」
奈津 「私がここにいたらかえってギクシャクしちゃうわよ。
何かあったら飛んできてあげるから、大丈夫っ!」
戸土 「はい・・・・」
じゃ、と軽く手を上げて奈津は部屋へ戻っていった。
人影が近づいてくるにつれて、戸土の鼓動が速くなる。
戸土 「(『人を好きになる気持ち』・・・?私は、あの方を・・・?)」
もうすぐ顔が確認できる位置まで人影が近づいてくる。
戸土 「(だっ だめです!いつも朱呂様が帰ってこられたら
部屋に戻ると決めていたのに・・・
見つかってしまったらまた怒られてしまう・・・)」
(奈津 「何かあったら飛んできてあげるから、大丈夫っ!」)
戸土 「(怒られたら、奈津様が・・・っだめです!やっぱり帰らなきゃ・・・)」
やがて人影・・・朱呂が間近まで近づいてくる。
思わず目線を合わせてしまう戸土。
しかし戸土が目線をそらすと、朱呂もまたそのまま通り過ぎてしまった。
戸土 「(・・・だめ・・・今までこんなに意識したことなかったから・・・
朱呂様が無事で、嬉しいのに・・・)」
そのまま一言も告げず部屋に入ってしまう朱呂。
あとには戸土だけが残される。
戸土 「・・・今夜は眠れそうに無い・・・」
少し西へ傾き始めた満月を見上げながら、戸土はその場に座る。
戸土 「・・・寒い・・・」
きっと私は夜明けまでここにいるのですね・・・
皆様が起きてきて、あくびなんかしながら外へ来て。
私はきっと途中で寝てしまうのでしょう。
そして誰かに起こされて。・・・・朱呂様は、もういなくて。
・・・一言も話してくださらなかった・・・
・・・何を期待しているのでしょう、私は。
あの方はいつも何も語ってくださらない。
それはいつものことでしたのに・・・
何故私はあんなにも胸が高鳴って・・・・
・・・・いつのまに、こんなにも・・・・
・・・私はあの方を・・・
部屋の中。
朱呂が部屋に入ると、扉のすぐのところで
戸土の様子を伺っていた奈津と出くわした。
朱呂 「奈津か?」
ばつが悪そうに奈津はぎこちなく返事をする。
奈津 「異母兄様・・・あ、あの戸土ちゃん・・・会いませんでした?」
朱呂 「戸土?・・・外にいたが、それがどうかしたか?」
奈津 「え?・・・いただけ、ですか?」
朱呂 「いただけだ。それがどうかしたか。」
しばらく沈黙が続いた。
・・・今ここで私が異母兄様に「戻って」ということは出来る。
でもひょっとしたら私の命も危ないかもしれない・・・
・・・でも、あのコのためだもの。
私はただ、あのコの純粋な恋心を、叶えてあげたい。
意を決して奈津が口を開く。
奈津 「異母兄様・・・戸土ちゃんのところに行ってあげて。」
朱呂 「なぜ俺が行く必要がある。お前が心配ならお前が行けばいいだろう。」
奈津 「っ違うのよ!あのコが意味無くこんな寒い外に行くと思う!?
あのコは・・・異母兄様を待ってたのよ!
貴方がいつも夜になるといなくなるの知ってるから、
でも訳を聞いても貴方は答えないだろうから・・・
・・・それでもあなたに無事で帰ってきてほしいから、
だからあのコは毎晩あなたが帰ってくるのを待ってるのよ!!」
朱呂 「・・・だからなんだというのだ。」
奈津 「・・・え?」
朱呂 「あれが俺を待つのは、俺が頼んだわけではない。
・・・あれが好きで待っているのだろう。
人の行動に俺を縛るのはやめてもらいたいな。」
奈津 「・・・あなたって人は・・・!!」
朱呂 「なんとでも言え。これが俺の生き方だ。
言いたいことは、それだけか。」
奈津 「・・・っ」
奈津は返す言葉が見つからず、唇をかみながら黙り込む。
朱呂 「話が済んだのなら俺は寝る。お前達が明日ここを去る頃には
俺はいないだろう。またどこかで会うことがあればいいな。」
奈津 「(・・・あなたはいつもそうやって・・・!!)」
翌朝。
夜明けと共に野営地を発とうとする朱呂。
視界に外で丸くなっている戸土を見つける。
朱呂 「・・・・・」
(奈津 「それでもあなたに無事で帰ってきてほしいから、だからあのコは・・・」)
朱呂 「(ふっ)愚かだな。・・・俺とてそこまで鈍くは無い。
・・・それくらいは、うすうす勘付いていたさ。」
そして自らのマントを外し、戸土の上に置く。
マントが肌に触れると、戸土が薄らと目を開ける。
そして寝起きのかすれた声で言った。
戸土 「・・・・朱呂様・・・」
朱呂 「起きたのか。」
戸土 「・・・また行かれるのですね・・・」
朱呂 「そうだ。」
戸土 「・・・行ってらっしゃいませ・・・」
戸土の声がわずかながら寂しさを帯びたのに気付く朱呂。
朱呂 「・・・ひとつ、言っておく。」
戸土 「なんでしょう」
朱呂 「俺の為に身を削るなどという、愚かなことはするな。
そのたびに奈津がうるさくて適わん。」
戸土 「・・・構いません。私が自分でしたくてしていることなのですから・・・」
朱呂 「お前は俺の困る顔がそんなに見たいのか。」
戸土 「朱呂様でも困られることがおありなのですか?」
朱&戸 「「・・・・・・・・」」
変わらない、しかし久しぶりに聞く戸土の毒舌に
思わず朱呂は聞こえるか聞こえないかの声でクッ、と笑う。
朱呂 「それでこそお前らしい。俺がいない間も、その調子でいてくれ。」
戸土 「また戻ってこられますか・・・?」
朱呂 「さあな。」
背中を向けて歩き出す朱呂。
戸土 「戻って・・・きてください・・・」
朱呂が置いたマントを握り締める戸土。
そしてはっとして歩き去る朱呂に呼びかける。
戸土 「あの、朱呂様!?これ、よろしいのですか!?
お忘れですよ、朱呂様――!!」
わざとなのか本当に聞こえていないのか、
朱呂は歩みを止めることなくそのまま進んでいった。
戸土 「・・・朱呂様の・・・」
嬉しさと、切なさで、胸がいっぱいになり、
握り締めたマントに顔をうずめる。
きっと帰ってきてくださる。これを取りに。
だから私はそれまで・・・ずっと、元気に過ごしていましょう。
それが朱呂様の望まれたことですから。
・・・でもやっぱり・・・
朱呂様がいないのは寂しい・・・・
奈津 「戸土ちゃーーん!?」
涙ではれた目をこすりつつ振り向く戸土。
戸土 「あ、おはようございます奈津様・・・」
奈津 「なに、結局昨日一晩中外にいたの!?」
戸土 「ええ、色々と考え事をしていたら寝てしまって・・・」
奈津 「まったく、風邪ひいちゃ・・・ってあれ?このマント・・・」
戸土の顔がみるみる赤くなっていく。
奈津 「異母兄様のよね・・・いつも着けてた、多分お気に入りの・・・
やったじゃない!んもう、私が寝てる間にどんな話してたわけぇ?」
戸土 「え、あの、そんな、たいした話は・・・」
奈津 「もったいぶらずに白状なさぁ〜い!相談乗ってあげないわよ!」
戸土 「え!?そ、それは・・・」
奈津 「だったら話しなさい。」
戸土 「あの・・・」
とりあえず一部始終を語る戸土。
奈津 「・・・私がうるさくて適わない・・・ねぇ・・・
素直に戸土ちゃんが心配だって言えばいいのに。」
戸土 「いえ、でもあの方は私の心配などは・・・」
奈津 「いーえ!!絶対そうよ!
だって現にあなたが心配だから、そんな言葉かけてくれたんだし、
そのマントだってくれたんでしょ?」
戸土 「朱呂様が・・・」
ますます赤くなる戸土。
奈津 「あーちょっと!それ以上赤くなると他の皆からも突っ込まれるわよ!
・・・じゃなくて、その前に茹で上がっちゃうわよアナタ!?」
戸土 「・・・嬉しい・・・!」