Forever Remember 〜ずっと忘れない〜

 
  

「―――気に食わんな。」

緋色の外套の男は一人ごちる。

「・・・・それが貴様の結末か。」

目の前にそびえる黒き大樹――その上に、贖罪の刑に処せられた聖人を思わせるような姿で
捕らわれている「それ」を見上げながら、思うままを口にする。

その胸には深々と突き刺さる巨大な杭。
両手は鎖に繋がれ、両腕と下半身は黒き大樹の枝によって束縛され

・・・・その顔は、苦悶に歪んでいた。


自業自得だ。それ以外の何者でもない。
この男は彼らしからぬ行動をとったが故に自滅しただけだ。
あろうことかこの男は、創造主をその身の内に封印するなどという
無謀にも程がある賭けに身を投じたのだ。
いくら彼が底の無い深遠の混沌に住まう神であるとしても、
その代価はそう安くは無いはずだ。

―――この男は、自分と少し似ていると、一度だけ思った事がある。

有り余る力を持ちながら、
自分に足りないものを求め続け、様々なものを捨てながら探し続けて。

―――だが決定的に違うのは。

「・・・・俺は・・・・やっとこの手に見出した。」

今の「己」として生を受ける前から、ずっと探し続けていたものは
今この手にある。この手の届くところに、いつでもいる―――

だが、目の前のこの男は。

「貴様は、結局何を得たというのだ。」

問うても、目の前の男が答えるはずはない。
だが、問わずにはいられない。
この男は結局何も得ていないのだ。
求め続けて、探し続けて、捨て続けて。・・・・そしてその先に、何も得ていない。

・・・・あれほど、傷つけまいと大切にしていたのに。

その為に、あれほど多くの犠牲を出していたのに。

緋色の外套の男にとって、犠牲となった者の気持ちや立場、
その数にさえ興味はない。
ただ。それだけの代償を払っておきながら、この目の前の男には報酬が皆無なのだ。
・・・・・結果が、無い。
目の前の「これ」がその結果なのだとしたら。

・・・・・それは、あまりにも。

「・・・・無駄、だったのではないか。」

「無駄」はこの緋色の男の最も嫌いとするところである。
自分のした行為に対して何の見返りも無い。
世にはそれを美徳とし誇りとする者もいるようだがこの男は違う。
自分にとって結局「損」でしか有り得ないような行為はこの男の好むところではない。

しかしこの目の前の男の取ってきた行動と、今の状態を見る限りでは、
・・・・明らかに男の行為は無駄でしかなかった。


『無駄・・・・・か・・・・』

「!」

一瞬、口を開かぬはずの男の口が動いたかに見えた。
よくよく見てみればそんなことは確かに無い。
だが、己の目の見間違いでなければ―――

今、この男はどんな表情をしたのか。

『・・・・・だが、俺は不思議と・・・・・・満たされているよ』

 
笑っては、いなかったか。

「・・・・ふん。付き合えんな。それに貴様は何も知らずによく
その様な笑顔ができるものだ。」

『・・・珍しいな・・・・お前がそのような口を聞くとは・・・・』

自分でもどうかしていると思う。今までの自分ならこんなことは言わない。
だが、この男が何よりも守りたいと願っていたものの事を考えると。

自然と、脳裏に涙を浮かべる白い少女が思われて、
言葉が口をついて出てしまうのだった。

「はぐらかすな。自分ではわかっているのだろう。
 ・・・・・『あれ』はあの時、どんな表情をしていた」

『・・・・・・・・・これは俺にしか出来ない・・・・・・今までに払った犠牲の代価が
 これで返せるのなら・・・・俺にはこうするしか道は無い』

やはりわかっているのだ、この男は。・・・・「彼」はこんなことを望んでなどいないと。
だが事実、このような技はこの男を置いて外に出来得る者などいないだろう。
そしてこの男が一人犠牲にならなければ、今頃この世界は
彼女によって滅ぼされていたに違いないのだから。

「・・・・・全く、救えんな。」

諦めたように踵を返し、黒い大樹に背を向け歩き出す緋色の外套の男。

この結末が気に食わないのは変わらない。
だが、これ以上は時間の無駄だ―――

途中まで来ると、緑青の髪の少年――苦楽夢が向こうから歩いてきた。

「な・・・・朱呂!?」
「何だ。俺がいるのがそんなに意外か。」
「いや・・・・その、意外って言うか・・・・」

後頭部をかきながらぎこちない返事を返す少年。