永劫の封印
苦楽夢「何だって!?!?
あいつ・・・一人で四神塔に!?」
朱呂 「守護もろくに動ける状態ではないと言うのにな。
制する周囲を振り切って一人行ったらしい・・・」
苦楽夢「『行ったらしい』って、何であいつ俺にさえ何も・・・・」
・・・・言えるわけねえじゃん・・・・・
あの時一番動けない状態にあったのは、他でもない俺だったんだから・・・っ!!
苦楽夢「ちくしょう!!こうしちゃいられねえ!!
俺たちも四神塔へ行く・・・・・・ぜ・・・・・」
どさっ
思うように体に力が入らず、その場に倒れこむ苦楽夢。
朱呂 「・・・・・やれやれ・・・・で、どうするのだ?
そのまま這って行くのか?
到底間に合うとは思えないが。」
苦楽夢「こ・・・れ・・・・くらい・・・・!
今までの苦しみに比べりゃ・・・・・っ
『あいつ』の痛みに比べりゃ・・・・っっ!!」
力が入らない膝を手で叩き、
何とか前を見据える苦楽夢。
そして、ふとあることに気づく。
そういえば・・・・朱呂・・・・さっきから・・・・
・・・・・俺を、「待ってる」・・・・?
そりゃ、あいつは俺の守護だから、待ってくれてるのかもしれねえけど・・・
・・・・なんつーか、意外だな。あいつが人の都合に合わせるなんてよ。
・・・なんか、ちょっと楽になってきたかも。
――そうか、こういうことだったんだ――
自分が頼るべき相手に「守護」されてるってのは・・・
苦楽夢「・・・・そ・・・・っか・・・・・っこれが・・・・・
青龍の力・・・・・」
朱呂 「?」
苦楽夢「や、何でもねえ。体もちったぁ楽になってきたし、
今度こそ行こうぜ。四神塔。」
言いつつ苦楽夢は若干ふらつきながら、
しかしだんだん速度を速めて走っていく。
苦楽夢が普通に走り出したあたりで、朱呂も後を追う。
四神塔(仮称)・最上階・奥の間・・・
皇雀 「紅腕狼……!!」
天沙 「…「朱雀」殿…」
皇雀 「そんな呼び方しないで!あなたは私達の仲間でしょう!?」
天沙 「俺は敵でも味方でもない。今までお前達と行動を共にしていたのも、全て嘘だ。」
皇雀 「そんな…
( あの優しい紅腕狼が、こんなにも変わってしまうなんて…
一体何が、誰が彼をこんなにも変えてしまったの!?)」
天沙 「言っておくが。これは俺自身の意志、誰からの指図も受けておらず、
また受ける気も無い。
少なくとも俺は、俺のしていることが間違いだとは思っていない。」
皇雀 「嘘よ!!あなたのしていることは間違ってる!!
何で…天乃邪鬼や朱呂達を殺したの!?」
天沙 「直接手は下してはいないが…そうか。あの者達はあの後死んだのだな。」
皇雀 「生きるなんて不可能よ!!死の呪いを受けて、あんな大怪我で…
生きられるはずないじゃない!!」
天沙 「生きるものはいずれ死ぬ。それが早まっただけの事だ。…
お前には、しばらく黙っていてもらおう。」
天沙、封印の術をかける。が。
天沙 「!?( おかしい…どういうことだ?
俺が技を発すれば、俺の気以外に何かが強制的に入りこんでくる…
邪悪な、何かが……
!!まさかこれが!?)」
皇雀 「きゃあ!!」
天沙 「朱雀!!」
心配した通り、首には死の刻印が。
天沙 「(・・・・・・やはり・・・そうだったのか!!)月戒妃め…俺に何か仕組んだな…」
死の刻印を受けた皇雀は苦しみつづけている。
皇雀 「うう……あ…っ」
天沙 「朱雀…」
四神が死ねば、争いは終わる。争いが終われば、四神は死ぬ。
皆はどちらを望むだろうか。争いの終焉か、四神の生還か…
天沙 「お前達は…殺すわけには行かない。」
天沙、皇雀の首筋に指をあて、呪文を唱える。
皇雀 「…紅腕狼…?」
身体が楽になる。死の呪いが解けたらしい。
皇雀 「すごい…死の呪い、解くことできるの!?」
天沙 「…命まで…奪うつもりなど無かった…」
皇雀 「え?」
ゆらりと立つと、天沙の後ろに暗黒の空間がぐにゃりと現れた。
皇雀 「ちょ…紅腕狼!?」
天沙 「………こんなはずではなかった………俺はただ、この戦いを終わらせたくなかった、
ただそれだけだったのに………」
ひどく悲しそうな顔をしながら、天沙は言う。
四神塔・入り口
苦楽夢「結構早く着けたな・・・」
朱呂 「・・・・・・」
辺りを見回す朱呂。ちらりと苦楽夢に目をやると、
明らかにまだ苦しいのを我慢しているのがありありとしていたが、
あえて不問とした。
朱呂 「それで、奴の居場所はわかるのか」
苦楽夢 「ああ、たぶん・・・・最上階だ。確信はねえが、皇雀も多分そこにいる。」
朱呂 「ならば、行くしかないな。」
言うと、さっさと塔内へ足を進める朱呂。苦楽夢もそれに続く。
苦楽夢 「・・・・・その、なんだ・・・・悪かったな」
朱呂 「何がだ」
苦楽夢 「だって・・・今俺らがしてることって・・・
明らかにお前にとっちゃ『無駄』じゃねえのか?
俺の守護になっちまったことだって十分すぎるくらい無駄なのに・・・」
朱呂 「・・・・・確かに、そうかもしれんな」
自分から言い出したものの、ここまで断言されると
さすがに苦楽夢もたじろぐ。
苦楽夢 「な、何もそこまではっきり否定するんじゃねえよっっ
・・・・まあ確かにお前にとっちゃ無駄の連続だろうけどさ。」
朱呂 「まあ唯一つ、得をしたことがあるというのなら・・・」
そこまで言って歩を止め、目を閉じる朱呂。
そして苦楽夢も意外な言葉に同じく足を止め朱呂を見る。
朱呂 「―――『今の己が在るという事』。唯それだけの言葉に集約される。」
あの少女と出会うことが無ければ。
きっと今のこの身は存在し得なかった。
生まれる前から探し続けてきた存在。・・・・それがきっと彼女なのだとしたら。
・・・・この事実だけは、決して無駄などではない。
むしろ、今のこの身に必要なものでさえある。
その顔は変わらずに冷たさを秘めたままの顔だったが、
それでも彼の満足感は見て取れた。
朱呂 「・・・・言いたいことは、それだけか」
目を開けてそう言った彼の顔があまりにもいつも通りで。
だから思わず笑ってしまった。
苦楽夢 「・・・・まだまだ足りねえよ!」
朱呂 「・・・・その好奇心は認めるが、あまり詮索されるのは好かん。
俺のことを気にするより、まずは目下の問題を解決するのが先だろう。
・・・行くぞ。」
そして、走り去っていく彼の後を
幾分か晴れた気分で追いかけていく苦楽夢だった。
再び四神塔・最上階・奥の間・・・・
皇雀 「戦いを…終わらせたくない?」
天沙 「戦いが終われば四神は死ぬ運命…四神は争いの為に生まれ、争いの為に死ぬ…
争いが終わってお前達が死んでしまうくらいなら、
この戦いを終わらせたくなかった…」
皇雀 「それじゃあ、私達のために…」
天沙 「だが俺は…お前達の仲間の命を奪ってしまった。
仲間だけではない。神々の命さえ…
―――俺にお前達に再び会う資格は無い。許しを乞う資格もな…」
ジャラッ 闇の空間の中から、何本もの鎖が出、
うち一本についている大きな杭が天沙を狙っている。
皇雀 「何する気なの!?」
天沙 「どんなに罪が重くても、死してその罪を償う程愚かな償いは無い…
だがお前達の前に姿を現せるほど呑気なわけでもない。
……「生けず死ねず」……これが俺の償いだ…」
杭が天沙を刺す。
皇雀 「紅腕狼!!」
天沙 「永劫の…封印を…」
苦楽夢 「紅腕狼――!!!!」
苦楽夢、急いで駆けつけ手を差し伸べる。
天沙 「……苦楽夢…………」
暗闇に引きずり込まれ、天沙は消える。
苦楽夢「あンのやろう…!!何で…!!」
拳を握り締める苦楽夢に皇雀が経緯を説明する。
苦楽夢「じゃあ何だ?全部俺達のためだってか!?
俺達のためにあいつら殺されたのか!?」
皇雀 「自分で手は下してないって言ってたけど…」
苦楽夢「ふざけやがって!!んなことして俺達が喜ぶとでも思ってんのか!?」
死神 「…彼は…そう思われることを覚悟の上で、
あのような行動に出られたのだと思います。」
苦&皇「死神!!」
ソウヒ 「ボクには痛いほどよくわかるよ。天沙の気持ちが。
争いが終われば四神は否応無く滅んでしまう。
争いのためだけに必要とされる命…「存在」なのだから。
争いが終わって、彼が大切に思っている人たちが死んでしまうくらいなら、
いっそ戦いを永遠に続けてやろうと思ったんだよ。
例え、それで世界が滅んでも、大切な人達に忌み嫌われようと、
…………その人達が、生きてさえいてくれるなら。」
死神 「例え自分の手を悪に染めようとも、
あなた方だけは死なせたく無かったということです。」
苦楽夢「あの野郎はこれからって時に…自分を封印しやがって、どういうつもりだ!!
オレ達にはあいつが必要なのに!!」
清準 「…君なら、彼を連れ戻せるかもしれないね。」
ALL 「清準様!!」
清準 「彼が自らを封印した場所…「混沌」には、限られた者しか入る事はできない。
本来君は入る事はできないけれど、そこは私が何とかしよう。
彼が一番死なせたく無かったのは…君なのだから。」
苦楽夢「…青龍か…」
不服そうな顔をする苦楽夢。
清準 「そのことも含めて、彼に言ってみなよ。蒼龍がいないいま、
彼が聞き入れてくれるのは…君の言葉しかないだろう。」
苦楽夢「…わかった。いっちょ言ってくるぜ!」
清準 「混沌への道は僕が開く。その後は自然に彼の所へ行きつけると思うから。」
混沌……
苦楽夢「ここのどこかに紅腕狼が…おい紅腕狼!!どこにいる!!」
清準 「呼んでも無駄だよ。混沌には何も存在しないんだから。音さえもね。
強く念じれば、届くかもしれない。」
苦楽夢「「かも」っておい…まぁいいか。―――いるのか?紅腕狼…紅腕狼!!」
天沙 「誰だ…俺の封印に近づくのは…」
苦楽夢「お前を「紅腕狼」って呼ぶの、限られてるだろうが。」
天沙 「…苦楽夢…」
苦楽夢「やい答えろ!何であいつ等を殺したんだ!」
天沙 「…手は下していないが…結果的にはそうなってしまった。
…戦いが終わればお前達は死んでしまう…
戦いを終わらせないためには、ああするしかなかった。」
苦楽夢「俺達を守る為にあいつら殺したんだって!?
んなことされてもうれしかねーっての!!」
天沙 「…ああ。その通りだ…。
…「天竜」は…争いを何よりも嫌っていた。
にも関わらず、あいつは争いの神「青龍」にならされた。
あげくの果てには、争いの為に死ねなどと…馬鹿げている。」
苦楽夢「大元老を憎んでた理由がそれかよ。じゃあ俺達は何なんだ!」
天沙 「…俺はあの時、「青龍」を守れなかった。俺は…あいつを殺してしまった…
二度もお前を死なせることなどできない…!」
苦楽夢「…やっぱそうかよ。」
天沙 「?」
苦楽夢「やっぱ俺が青龍だから、俺が青龍の生まれ変わりだから…
そろそろいい加減にしてくれよ。
青龍は二千年前に死んだんだ!確かに俺はその生まれ変わりかも知れねえけど…
俺はその生まれ変わりだから能力が使えるんだろうけどよ!
……オレは違うんだって!オレは「青龍」でも「天竜」でもねえ!
オレは「苦楽夢」だ!!わかってくれよ!!」
天沙 「話はまだ終わってない!!」
憤る苦楽夢に天沙が怒鳴る。
天沙 「…初めはそう思っていた。お前の言うように、
「青龍の生まれ変わり」としてでしか、お前を見ていなかった。
だが、次第にお前は明らかに青龍とちがうことが、はっきりとわかった。」
苦楽夢「オレと「青龍」の違い…?」
天沙 「…お前の方が、青龍よりも明らかに明るい。
あいつは常に寂しい陰を負っていた…だがお前は違う。
お前は寂しさなど微塵も感じなかった。」
苦楽夢「まるで俺がばかみてえじゃねえか。」
天沙 「それに気付いた時はいっそお前達の側を離れようかとも思ったよ。
でもお前はこう言った。
「ちゃんと最後まで面倒を見てくれ」と。」
苦楽夢「ああ…あれか。」
天沙 「その時思ったよ。「この者はもう青龍ではない。青竜はもうどこにもいない。
だが、この者と共に行動してみる価値はあると」…」
苦楽夢「…じゃあ、オレの事もう「青龍」だとは思ってねえってことか?」
天沙 「お前はお前、青龍は青龍だ。生まれ変わったのは事実としても、
お前は全くの別人だ。」
苦楽夢「それ聞いて安心したぜ…じゃあ、来いよ。紅腕狼!」
苦楽夢、手を差し伸べ天沙に触れようとする。が。
天沙 「近寄るな苦楽夢!!」
苦楽夢「ぐわあああ!!」
結界が苦楽夢を阻む。
天沙 「俺の回りには結界が張ってある。誰もこの戒めを解くことができないように。
俺自身にもこの戒めはとけない。
…俺の犯してしまった罪は、償いきれるものではないから…」
苦楽夢「じゃあ…少しでも償おうとは…思わねえのかよ…っ!」
天沙 「!」
苦楽夢「例え償いきれなくったって…ほんのちょっとでも償おうっていう努力があったら…
許してくれるんじゃねえのか…っ」
天沙 「だから俺はここにいるんだ!だからお前は早く俺から離れろ!!死ぬぞ!!」
苦楽夢「ここにいて誰が得するんだよ…お前がずっとここにいられたら、俺達が迷惑するっての
が、わからねえのか!!」
天沙 「お前たちが…?」
苦楽夢「今、月戒妃と最終対決するって時に…お前がいなかったら戦力足らねーだろが!!
これで月戒妃に負けてみろ!俺達が死んでも、争いなんて終わるもんか!!
世界崩壊だぞ!?そんなことになったらお前のせいだからな!!」
天沙 「世界が崩壊した所で…」
苦楽夢「世界が崩壊したって、ここの混沌には何の影響も出ねえよなぁ。
お前はここでのうのうと「償い」をやってればいいんだからよ!」
天沙 「のうのうと…?」
苦楽夢「こんな所で「自分いじめ」やるより、俺らの力になった方が、
殺しちまった奴らへの償いになるとは思わねえのかよ!!!」
天沙 「…力になりたくとも、俺にはお前達に会う資格など…」
苦楽夢「資格が何だってんだ!!会えなかったら、
罪償ってるかどうかわかんねえだろうが!!」
苦楽夢、更に力を込める。結界、更に強く阻む。
苦楽夢「くっ…あああ!!」
天沙 「苦楽夢!!」
苦楽夢「……俺を助けたかったら…戻って来い!!」
天沙 「…苦楽夢…一つだけ…聞かせてくれ…
俺がお前達の力になって、月戒妃を倒せたら…
結果的に俺が殺してしまったものたちは…俺を許してくれるだろうか。」
苦楽夢「当たり前だろ!?早く…来い!!」
清準 「よくやった苦楽夢君!手伝うよ!!」
現実世界。天宮。
天沙 「う……!」
清準 「お帰り。天沙。」
天沙 「………!苦楽夢は!?」
清準 「苦楽夢君ならあそこだよ。君が駄々こねるから、つかれちゃったんだからね。」
天沙 「……申し訳ない…。俺が冒した罪は償いきれるものではないことは、わかっています。
でも…月戒妃を倒すため、この力を使う事で、
せめてもの罪滅ぼしにしたいと思います。」
清準 「(クスッ)それで、いいんだよ。」
天沙 「苦楽夢、念の為言っておくが…
俺は本当に彼らを殺してない。
深手は負わせたが、お前達で十分に治癒できる程度の傷だ。」
苦楽夢「じゃあ誰が…」
天沙 「恐らく…一度月戒妃と接触を持ったときに、俺の身体に仕込まれたんだ。
ソウヒ同様にな!」
苦楽夢「じゃあお前も…死んじまうのか!?」
天沙 「俺は幸い彼よりは精神が強いから、死にはしない。
だが…そのせいで、どうやら俺が技を使えば必ず致死性の毒…
恐らく「死毒念」だと思うが…それが混ざってしまうらしい。
見事に、やつの殺人兵器になってしまったわけだ。」