はるか昔 古代中国において大きな戦があった
商王朝の皇帝であった紂王が妖魔・妲己を娶り、世の中が荒れた。
その時仙界崑崙派の総帥・元始天尊は人界に道士・太公望を遣わし
多くの道士と共にこれを打ち破り
人界に平和が戻った
そのはずであった・・・・
・・・・それから、二年半の月日が流れて・・・・
仙界。九竜島は蛾媚山。
一人の女道士が、洞府を訪れてきた。
「趙公明殿。」
声をかけられた赤毛の男は振り向いた。
「何だ?」
聞きなれない声に初めは訝しげな表情で返事をした。
この男―趙公明は先の封神大戦の際、妲己の謀略を知り、
大戦の終盤は崑崙派に味方していた。
戦の終結後、再び九竜島の洞府に戻ってきていたわけだが、
九竜派の打撃は大きく、彼らとまともに顔を合わせる機会が少なかったのだ。
故に初めはわからなかった。・・・後に波紋の中心となる、この女道士に。
「私を、覚えておいでですか?」
やがて思い出したのか、懐かしそうな笑顔で「ああ!」と手を打つ。
「誰かと思えば春雷じゃねえか!
いやぁ九竜島にいてもほとんど九竜派の道士に会ってねえもんだからよぉ・・・」
「お変わりないご様子で何よりです。」
彼の屈託の無い笑顔に、神妙な顔をしていた春雷も少しだけ顔をほころばせる。
しかしじきにまたいつもの固い表情に戻ると、彼女は本題を切り出した。
「趙公明殿――九竜の生き残りとして、あなたに頼みたいことがあります。」
「九竜絡みだと・・・?・・・まあいい、話してみろ。」
『九竜の生き残り』という単語を聞いた時点で、あまりいい話は期待していなかったが、
案の定その通りだった。
「九竜派を、再興いたしませんか。」
「再興してどうするってんだ?」
今となっては教主もおらず、有力な仙人もほとんどいない。
この消滅寸前の流派を再興して、どうしようというのか。
「今一度、崑崙に復讐するのです。私達から『彼』を奪ったあの者達に・・・」
そう言い放った春雷の目は真剣だった。
「『彼』とは聞太師の事でございますか?」
いつからいたのか、長女の雲霄が話に入ってきた。
「そうです。無念の死を遂げたあの方を、今一度蘇らせ、
あの方が守りたかった商王朝を再興するのです!」
「・・・・・・・・」
彼はしばし悩んだ。
かつての弟弟子・・・今は亡き聞仲が、自分達の手で再びこの世に蘇る。
自らの手で命を絶った聞仲。
再び蘇らされ、また倒されながらも、最期まで紂王の事を案じ続けた、あいつ。
――そいつをまた蘇らせるのが、果たしていい事か、悪いことか。
答えは簡単に出た。
――もう、静かに眠らせてやりたい。
だが春雷は必死に訴えかける。
「既にキュウ首仙、霊牙仙、烏雲仙、そして多宝道人殿がおられます。
あなたが加わってくれれば、彼は確実によみが―」
「断る。」
「え・・・?」
春雷の勢いをかき消すようにきっぱりと言い張った。
彼女はよほど意外だった様で、思わず驚きの声をあげてしまう。
「言わせて貰うが、はっきり言って俺にはもう今更崑崙への復讐も、
商王朝も全く興味ねぇ。聞仲だって・・・もう静かに眠らせてやれよ。
本当にあいつのことを考えてるなら。」
それが、彼の出した答え。そして最後の言葉は、春雷に対する警告でもあった。
だが春雷はすぐに反論する。
「商を守ってやまなかった彼の為に、商を再興するのは悪いことではないはずです!」
「人界にまた争いを起こす気か!?また人がたくさん死ぬだろうが・・・
ちったぁその辺も考えろ!
先の大戦だって、事が大きくなったのは九竜派のせいなんだぜ!?」
そう。初めは妖魔が世を乱していただけだった。
そこに「崑崙を潰す」として、九竜派が参戦してきたのだ。
今思えば、何と無意味な争いだったのだろうと思う。
「この戦いは悪を滅するための、正しい戦いなのです!どうか、どうかご協力を!!」
「戦いに正しいものなど存在しません!」
洞府の奥から現れたのは碧霄。
普段は滅多に人を否定したりしない娘が、断固として言い張る。
「それに、商を再興して、その後どうなさるおつもりですか。」
「どうなさるにせよ、私達は・・・この戦いに身を投じる気はありません。」
「あたし達は反対なんだから!だよね、兄様!」
三仙姑に一斉に反対される春雷。最後に公明が瓊霄に答えるように
一度うなずいてから言を発した。
「あぁそうだな・・・・ってぇわけだ。俺達にしてもお前らに力を貸す義理も無いんでな。
無駄なことはやめて、今まで通り大人しくしとけよ。」
ついに春雷は諦めて肩を落とし、目を閉じながらため息をつく。
「・・・・わかりました・・・・あなたに頼めばきっと協力してくださる、
そう、信じておりましたが・・・・」
ザッ 洞府から出ようと、春雷が出口に立った時、
公明に振り向いて言い放った。
「では、見ていてください。
半年後、この世界が大いなる変化を遂げることを。」
続
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