墓標

 



  ――太公望――

(世の中で一番怖いもの。それは愚直なまでに何かを守り続けようとする心だよ)
そういったのは申公豹さんだったか。
ただ石を重ねただけの質素な墓標を前に考える。
妲妃を敵とし、この地に住む人たちを救うための戦い。
同じ目的なのに、どうして戦わなくてはならなかったのだろう。
何度となく繰り返した問いは未だに答えが出ない。
……取り返しのつかないことになってしまった、今でも。
本当に最後の瞬間まで、僕は淡い期待を持っていた。
きっと、直接話せば分かってくれる、僕たちの力になってくれる、と。
けれど、聞太師は僕らと共に戦うよりも、自ら死を選んだ。
紂王に刃を向けることは、どうしても受け入れがたいことだったのだ。
彼が自分の身体を炎で焼き尽くした時、彼の魂を取り込もうと封神傍が反応した。
それなのに。
彼の魂は、その束縛を振り切って彼方へ消えた。
恐らく、商の……紂王の元へ。
天命すらも覆す、なんと強い魂。
味方になってくれれば、これほど心強い人はいなかったはず。
繰言と分かってはいても……割り切るには、我々にとって、その存在はあまりに大きすぎた。
神になることを拒み逃れた魂は、転生の流れにも入らず、いつかは薄れ、消えるだろう。
本当に、こうなるしか道はなかったのか。
中身のない墓標は、何も答えをくれない。


――黄飛虎――

戦いたくはなかった。
かつては、共に紂王陛下の元で、朝歌を、この商を守ると誓っていたのに。
今となっては、もう何もかも、遅すぎる。
妲妃を倒すという目的は同じでも、
「紂王を守る」
それが第一である聞仲と我々は相容れなかった。
妲妃さえ倒せば、紂王陛下は元に戻るとかたくなに信じていた聞仲。
弟として慈しんできた者を見捨てることなど、彼にはできなかったのだ。
家族が豹変し、その原因が分かっていれば……あきらめることなどできないだろう。
その気持ちは分からないでもない。
形見となってしまった蛟竜金鞭。
これを使う権利は我々にはない。
形だけの墓標の前にそれを置くと、
太公望殿が資格のないものには手を触れられないように霊力で封印をかけてくれた。
……我々は、道を違えてしまった。
けれど、この国を、陛下を憂う心は今も同じだ。
己に恥じずにまたここに立てるよう、戦い続けるだけ。
妲妃を倒すことを改めて誓う。
しかし、吹きつける風はあざ笑うかのように冷たさを増すだけだった。


――趙公明――


聞仲の死を知らされ、その戦いの場に駆けつけた。
そこにあったのは石を積み上げただけの墓標。
冷たく凍えた大地がその部分だけ焼け焦げていた。
わずかに残る、懐かしい霊力。
そこに、見慣れた宝貝があることに気づいた。
これは……あいつの蛟竜金鞭。
あいつが死んだなどと信じていなかった。
今の今まで。
信じたくなかった。
けれど、動かしようもない証拠がここにある。
あいつが、この武器を手放すわけがない。
しかも、それを封じているのは九竜派とは異なる術だった。
一体なんのつもりだ。
使いこなせず、後からまた取りに来るつもりでやったのか。
ふざけやがって!
強引にその術を引きちぎり、聞仲の宝貝を手にとる。
生きてさえいれば、なんとでも状況を覆すことが出来ただろうに。
死んじまったらお終いだ。
お前の仇は俺が取ってやる、必ず!
けれど、何を誓っても後悔ばかりが残る。
自分は何故もっと早く来なかったのか。

何故待っていてくれなかったんだ、兄弟――。

***

「黄飛虎に……趙公明か……久しぶりだな――」
「聞仲! ああ、俺だよ!」
「正気に戻ったんだな」
すでに一度人としての生を終えている身体は、みるみる土気色に変わっていく。
もはや気力のみでその場に存在している聞仲が、
かつての仲間を見る目は今までの戦いからは想像もつかないほど優しかった。
「懐かしい……修行に明け暮れていたあの頃が……」
「この野郎、俺を置いて人界に戻ったと思や、勝手に死ぬわ、こんな姿になるわ……。
ちくしょう、馬鹿野郎! 俺はどうすりゃよかったんだ! どうすればお前を助けられた……」
感情のままに慟哭する公明に、聞仲が困ったように苦笑いする。
「黄飛虎、頼みがある。朝歌で、陛下をお諌めしてようやく分かった。
……操られる前の陛下なら、殺してくれと言っただろう。
頼む、陛下に、王者にふさわしい死を与えてくれ……」
「分かった。聞仲、しかと心得たぞ」
太公望に通天教主の、そして妲己の野望を告げた後、聞仲は安心したように微笑んだ。
「ありがとう……これで、ようやく安息が――」
深い息をついた聞仲に、太公望は封神榜を手にしたまま、祈るように呟く。
「聞仲殿。これからは神として、この国を……共に神となる紂王陛下を見守ってください」
封神榜が、その魂を欲している。
再び彼が逆らうことはあるまい。いや、できまい。
やはり、どう抗っても天命には逆らえないのか。
聞仲に対するものとはまた別の苦い思いに太公望は唇を噛む。
「皮肉なものだな……天命に逆らい続けた私が、神か――」
苦笑して、聞仲は静かに目を閉じた。
「紂王陛下……万歳――」
最後まで……愚直なまでに、大切なものを守ろうとする心。
それは何にも冒されず、今も輝き続けている。
封神されることを受け入れたのも、恐らくは、
神となればまた新たにこの国を、紂王を守れるという、ただそれだけの思い。
「封神!」
封神榜が光を放った。
妲妃の呪縛から解放され、封神台へ向う魂。
それはまだ名残惜しげに浮遊した後、彼方へと向う。
その場にいた者たちは、出きる限りの最高の礼をもって、彼を見送った。

商は滅びる。
紂王、そして妲己と共に。
この国自体が、彼の墓標だった。
しかし、人々がいる限り、この国はよみがえる。
何よりも強い魂に見守られながら。

END


最初の三者を見ているのは……実は墓石です(笑)。
リクエストいただいた三人が、聞仲戦の辺りで関わるシーンって他になかったんですもん。
苦肉の策でした。

後半、この四人が再び会しますが、聞仲さんは操られ、しかも幽霊。
操られながらも、太公望のつっこみに反応してくれたり。
……いい人だったなぁ(違うだろ)。

本当はゲームでは、聞仲の封神はないのですが。
ちょっとCD……というより「西遊記」と混ぜてみました。
「人間」で封神されて、「神」になったにも関わらず、地上に残った雷公=聞仲。
(西遊記の隠し神将なのです)
よほど、この国に心残りがあったのでしょう……。

管理人:浪老子のコメント

公明様=聞太師の兄弟子 飛虎殿=聞太師の親友 太公望=聞太師のライバル・・・
それぞれに、立場は違えど思うところは似ていたんだと思います。
多分三人とも、あんな聞太師の最期は望んでいなかったでしょう。

――それでも・・・せめてあんな姿でこの世にあり続けるよりは・・・・

生きている間に救う事はできなかったけれど、せめて最期ぐらいは、救ってやりたいという思い。
しかし例えそれが救いのつもりでも、「封神」されることが本当に救いになるのか・・・

様々なことを考えさせられる、お話でした。

 

 

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